A serial novel

□夕闇メモリズム X
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空っぽの玄関で靴を脱ぎ廊下に上がると、きしと床が軋む音がする。
途中にある二つの扉を通り過ぎ、磨り硝子がはめ込まれたドアを静かに開けた。



「……あ」



空っぽの部屋。
恐らくリビングだったのではないだろうか。右脇には備え付けのキッチンが見える。
外に面した窓から西日が差し込み、部屋全体が黄昏色に濡れていた。




綺麗だ。素直にそう思う。




こうして、少し高い所から。


こんな風に、街を下に見て。




夕日を――見た事があるような気がする。




少しそれを眺めてから、部屋の左手にあるドアを開ける。
がらんと何も無い部屋は当然ながら生活感が無く、ぐるりとそこを見回しただけで哲雄はリビングに戻った。




一旦廊下に戻り、風呂場も覗いたが何も無い。何もいない。
最後に残った廊下に面した扉。


先と同じようにゆっくりとノブを捻る。
隙間からは闇しか見えない。
物置かと思う程真っ暗だ。




何故か妙に気になって、哲雄は勢い良く扉を開ける。




そこは、まるで。




「っ……!」



部屋中を埋め尽くす蠢くもの。
それは脈打ち、どくどくと鼓動を刻んでいた。


色は鮮やかな桜色からどす黒い墨色までが入り混じり、およそ正視したくない。

窓はあったが、びっしりとそれらがへばり付き外の光を遮断していた。




肉、だ。

肉片。肉塊。

そう、まるで。




ヒトの、胎内のような。




「…っ…ぁ……」



思わず声が漏れた。
耳に届く、生々しい音。
生肉に手を突っ込んで掻き回しているようだ。


あまりの光景に目を閉じたいのに、無理矢理こじ開けられているかのようにそれも出来ない。


しかし奇妙な事に恐怖心は抱かなかった。


非現実的な景色。
見渡す限りの肉、肉、肉。


末恐ろしい部屋なのにも関わらず、何故だろう。



乾き始めた眼球に、この景色が焼き付けられていく。




――忘れるな、と。




そう言われているような気がした。




 
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