A serial novel

□夕闇メモリズム W
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『つーか城沼、お前授業は?』
「今日は終わった。休講が一つ入ったから」
『大学生ってのはめんどいな。まぁいいや。俺今日仕事休みだからさ、これからどっかで会う?』
「じゃあそれで」
『場所はー…そうだなぁ…じゃあ……』


一巡り悩んだ後、睦は起伏を抑えた声で言う。


『……尾吹町で』


どくりと胸が鳴った。


尾吹町。
卒業式の帰り道、“彼”と――崎山蓉司と会った―――


『……城沼?』


瞬間言葉を失っていたせいで、睦の怪訝そうな声が聞こえてきた。


『なんか…まずい事でもあんの…?』
「…いや……」


恐らく睦は、哲雄にカマをかけたのだ。
きっと尾吹町は、崎山蓉司と何か関係がある町なのだろう。

この町の名前を出した時の哲雄の反応が知りたかった。そんなところではないだろうか。


「……分かった。じゃあ今から向かう」
『ん。俺多分どっかの店入ってっから。着いたらメールか電話して』
「あぁ」


ぷつ、と回線を切ってからズボンのポケットにねじ込む。
鞄に筆記具をしまい、立ち上がったところで後ろからかしましい声が聞こえた。


「ねぇ…城沼、くん。今帰り?」
「…そうだけど」


きっちりと化粧をして、大人びた服を纏う女子が二、三人哲雄の前でもじもじとしなを作ったりしている。


「あの…もしこの後暇なら、私達と一緒に――」
「…悪いけど」


一言だけ言い捨てて、哲雄は踵を返して教室のドアをくぐり抜けた。

鼻の奥に甘ったるい匂いが残っている。先程の女子達が振りまいていた香水だ。


人工的に造られた、甘い香り。


この匂いは、好きじゃない。














「城沼ー、こっちこっち!」


尾吹町の改札口から程なくしてあるファストフード店に睦はいた。
ぶんぶんと手を振る彼は相変わらず髪の毛を豪快に跳ねさせていたし、テーブルの上には既に食べ終わったハンバーガーの包装紙が丸まって置いてある。何も変わっていないと思った。
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