A serial novel

□夕闇メモリズム V
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「…今、そこに……」
「え?」
「……いや…」


信じてもらえる訳が無い。
自分だって理解出来ていないのだ。泡沫の白昼夢のように。


哲雄は大きな溜息を吐くと、手近にあった机を指の腹でそっと触れた。


「……その席」


先程とは打って変わった睦の真摯な声が耳に届く。
横目でちらりと見やると今度は睦が驚いたような表情をしていて、哲雄は僅かに首を傾げた。


「……何」
「そこ…あいつの……あいつが、座ってたとこ」
「あいつ、って……」


例の転校生か。


「三年になってから机片付けられたから…ほんとの席じゃねぇけど。…二年の時、最後に座ってたのが…そこ」
「…そうか」
「何か思い出したから触ったんじゃなくて?」
「……いや…」


首を横に振ると、睦は目に見えて肩を落とした。


「……そっか」
「…悪いな」
「俺に謝る必要ねーだろ」
「お前、その転校生と仲良かったんだろ」
「……どうかな」


意外な返答が返ってきて些か驚愕した。
少なくとも、睦が転校生の話をする時の態度は、哲雄の目から見れば仲が良かったんだろうと簡単に推測出来るようなものだったからだ。


「友達…だったんじゃねぇの?」
「俺はそのつもりだったけどな。あいつは…どう思ってたのか分かんねー。…酷い事とか、しちまったし……」
「酷い事…?」


聞き返すと、睦は目を伏せがちに窓際に近付いた。
少し強い風が吹いて、ガラスがかたかたと鳴る。


「……俺さ、お前の事殺してやりたいって思うぐらい嫌いな時期があったんだ」


いきなり何を言い出すかと思えば。流石に眉間に皺を寄せた。

しかしその言葉の中に憎々しさは感じられず、睦はいっそ爽やかなぐらいの表情を浮かべながらぼんやりと空を見上げていた。
 
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