A serial novel

□夕闇メモリズム V
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「っ……」


いつもは一人、この屋上で何となしに時間を潰していたのに、今は何故か不安に駆られた。


ここにいたくない。


哲雄は僅かに眉を歪ませながら、逃げるように校舎へ戻った。






ばたんと大きな音をたてながら扉を閉め、それを背に暫し立ち尽くす。


プールの匂い、破裂音、赤い色、ちらつく黒髪、落下の感覚、包む水、包む腕。


全てが朧気な形しか持っていないのに強烈なイメージとなって哲雄の頭を苛んだ。


肩に重りがのしかかったように身体が重い。
くしゃりと前髪を握り掴みながら、無意識に閉じていた目をゆっくりと開けた。


下に続く階段が歪んで見える。
何だかところどころ赤い染みが付いているような。


駒波はそれなりに歴史がある学校だ。
いつまでも新築のように美しくある訳にはいかないが、それにしても先程まではこんな汚れは無かったと思う。


くすんだ赤い色。鈍色。


この色は――何の色だったろう。


ぼんやりと考えていたら、おおよそ爽快な気分とは言えなくなった。
思考を打ち消して階段を下りる。



目を固く瞑ってから開けたら、赤い汚れは無くなっていた。

きっと光の関係で汚れているように見えただけなのだろう。

そう結論付けた。


卒業式という高校最後の特別な日という事で、何か気持ちの変化があるのかもしれない。
哲雄にとって、そんな感情的になるようなイベントではないのに。



重い足を引きずりながら廊下へと戻ってきた。



もう帰ろう。



そう決めて教室のドアを開けた。



整列された机。
落書きされた黒板。
日の光が差し込む部屋。


さっきと変わらない。


ただ一つ違うのは。



教室の中に、誰かがいた。





 
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