A serial novel
□夕闇メモリズム U
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2-Aには「崎山」という名のクラスメイトがいたそうだ。
しかし自分が入院している間に転校してしまったらしい。
彼の顔も声も何もかも忘れているのは、以前から接点が無いからだと思っていた。
きっと話した事など一度も無い。
だから“覚えていない”のではなく、“最初から知らない”存在なんだと。
そう思っていたのに。
退院してすぐ、睦がその転校生の机を懐かしげに指で撫でていた事がある。
その瞳があまりに切なそうで、思わず聞いた。
『その転校生と、仲良かったのか?』
返ってきた返事は無言だったが、赤いショルダーバッグを投げるようにぶつけられた事がある。
その時から何となく感じていた。
きっと自分は、その転校生の事を知っているのだろうと。
睦は怒っているのだ。
お前が忘れているだけだ、と。
それにしても不自然な程何も思い出せなくて、流石に苛々してくる。
何故彼の事だけが綺麗に抜け落ちているのか。
回復する見込みは無いのか。
既にいなくなってしまった人間をわざわざ思い出してやる程、自分は優しい人間ではないと思っている。
それなのに何故、こんなにも気になるのだろう。
答えは見い出せないまま、電車は学校最寄り駅に到着した。
今日こそは、何かが変わってほしい。
まるで祈りのように、哲雄は窮屈だった電車を降りた。
卒業も差し迫った季節、授業らしい授業は殆ど無く専ら卒業式の練習だとか、友達とただ喋っているだけとか、そんな日々が続いている。
人の輪に加わる気も、特別仲が良いクラスメイトがいる訳でもない。
哲雄は窓際の席で何をする訳でもなくただぼんやりと外を眺めていた。