A serial novel
□夕闇メモリズム T
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「………」
しみじみと自分が酷い人間に思えてきた。
いや、実際酷いのだろう。
あんなに■■た■を忘れるなんて――
(………あ)
今、何か。
しかしそれはすぐに霧散して消えた。
後に残るのは細かい記憶の塵ばかりで、寄せ集めようとしても指の隙間からさらさらと零れ落ちてしまう。
「……じゃ」
「え?……あぁ」
後ろ姿のまま、睦は手をひらりと振ってからようやく歩き出した。
ぺたぺたと廊下を叩く靴音はやがて遠ざかり、不自然な程の静寂が辺りを支配する。
まるで、この世界に自分達だけしかいないような――
(……自分、達?)
矛盾に気付く。
自分達、とは。少なくとも二人以上の場合に用いる言葉だ。
前にも、誰かと、こんな風に。
夕日を見た事があったのだろうか。
「誰、と……?」
日は暮れた。
西の空はまだ少し赤いけれど、東の空は既に闇が伸びている。
帰ろう。
石のように微動だにしなかった足は漸く動いた。
まるで夕闇に絡め取られ、縛られていたかのように。
背後に並ぶ教室を一瞥する。
斜め少し前の席。
伸ばされた襟足の隙間から覗く白い項に、赤い色を見つけたのはいつだったか。
(……誰の事だ、これ)
頭を振って階段を下りる。
あの時は手を引いて上った。
先と同じオレンジ色の廊下だった。
握る手は、暖かかったのか、冷たかったのか。
(…覚えてない)
夜を被った空の下。
哲雄は一人グラウンドを歩く。
帰るんだ。一人で。
一人で。
「………」
いつだって一人だった筈なのに。
左手の指先をゆっくりと擦り合わせた。
自分の温度以外、そこには無い。
「……寒いな」
もうすぐ春だというのに。
隣が、ひどく寒い。
…To be continued