A serial novel
□夕闇メモリズム Z
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その日はいい天気だった。
きっともう少ししたら、この日差しもぎらぎらとしたものに変わるのだろう。
そんな最中だった。睦から一通のメールが届いたのは。
『いいもの見つけたから見せてやるよ』
語尾には得意げになった顔文字が添えられていた。
それと同じような睦の表情を頭の中で思い浮かべ、哲雄はそっと溜息を吐く。
しかし、メール画面をスクロールしていったところで、そんな余裕は吹き飛んだ。
『場所、また尾吹町で』
背筋にじとりと汗が滲む。
尾吹町。
先月、あの街で不可思議な体験をした。
大学から帰ってきて自室にいた筈なのに、気付いたら見知らぬマンションの一室に寝転がっていたのだ。
見た事も無い部屋、マンション、道。
駅前程度なら多少の地理は分かるが、それが奥まった住宅街となれば話は別だ。
当然道は分からず、お陰で帰る時にうろうろと迷い結局人に聞いて駅に辿り着いた。
何故、あんな所にいたのか。
いっそ爽快な程に記憶が無く、心当たりすら見いだせない。
そして何よりも目に焼き付いているのは。
短い廊下の半ばに落ちていた、一粒の赤。
あれを見た瞬間ぞっとした。
特別そういったものに恐怖心を抱くような人間ではないつもりだった。
ましてや小指の爪程しかない、たったの一滴で。
何故こんな所に血が垂れているのか。
そんな事よりも、無条件に強烈な恐怖を感じた。
そんな負の記憶があったから、出来れば尾吹町には近付きたくなかった。
肩に重いものがのしかかってきてこめかみを押す。
ざわざわと落ち着かない肌をざらりと撫でる事ばかりだった。