A serial novel
□夕闇メモリズム X
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「かわいいー!生まれてからどれぐらい?」
「2ヶ月ぐらいかなぁ。目がオッドアイでね、毛並みもふわふわでほんと可愛いの」
次の講義の用意をしていたら、女の声でそんな会話が聞こえた。
別に聞きたくもないのに、すぐそこできゃあきゃあと話されれば否が応でも耳に入ってくる。
横目でちらりと見やると、携帯画面を見ながら何やら騒いでいた。
「いいなぁー、うちマンションだから猫飼えないんだよねー…ちなみにオス?メス?」
「メス。女の子だよ」
メス。
ふと何かが引っかかった。
メス ♀ 雌。
女の子?
その単語に違和感を感じた。
子を宿す事が出来る神秘の存在。
大いなる太母。
何故だろう。
“女じゃなくても、別にいい”と。
何故か唐突に思った。
「………」
哲雄は一人自室のベッドの上に寝転がり、天井を見上げていた。
カチカチと時を刻む音だけが部屋を支配し、そこは無のようでいて有でもある。
最近、少しおかしいと思う。
今まで当たり前だと思っていた常識を真っ向から否定したくなった。
今日だってそうだ。
女の性を持っていないメス。
常識的に考えて有り得ない。
直感的にそう思っただけで、何故そんな考えに至ったのかは分からない。
実際にこうして一人でいる時に再考してみると自分の考え方がおかしいという事も自負している。
女でなければ何だ?男が子を孕むというのか?
シュールすぎて笑えない。
(………疲れた)
考える事に疲れてシーツに顔を埋めた。
どっと疲労感がのし掛かり、哲雄の身体を圧迫していく。
眉根を寄せてそれに耐え睡魔の誘いを待つが、それはかりかりという硬質かつ澄んだ音によって叶わなかった。
ゆっくりと身を起こし廊下に出ると、縁側の外で黒猫が閉まったガラス戸をしきりに爪で引っ掻いている。
「…ちょっと待ってろ」
猫に一言言ってから台所にある煮干しの袋を持ち、また戻ってきた。
少し建て付けが悪くなったガラス戸を開け縁側に座ると、猫はまだ若干の警戒心を抱いているのか哲雄から一定の距離を保ち様子を窺っているようだった。