協奏曲
□燕とチョコレート
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子
「子津君」
「わっ! どど、どうしたっスか?!」
今日もあの娘は来たっス。あ! 欝陶しいとかそんな事は全然!! ただ同じクラスメートなだけ。特に野球も…。
『野球? さぁ…ルールもわかんない』
な、彼女が毎日僕の練習場所に来るのがただ不思議っス。
「一休みしたら? 2時間ぐらいぶっ続けでしょ?」
「え…」
時計を見れば確かに2時間程が経とうとしていて、一人練習に明け暮れていた所為か気付かなかった。
「ほら」
ぽんぽん。校舎を背もたれに隣においで、と彼女は地面を叩く。
練習よりも高くなる体温をなんとか抑えようと頑張りながら、でも隣には座れなくて。少し間隔を空けて座る。
緊張して。ただただ隣で硬直する僕に、彼女はさも当たり前のように脱脂綿と消毒液、ピンセットを取り出した。
「あぁあ、あの!」
「あぁ、何で持ってるか? 子津君、何時もマメが潰れても皮が剥がれても一心不乱に練習してるから。もう用意済みなの」
差し出された手にドキリ、心臓が跳ねる。
「いいいや、あのっ、いいっスよ!」
「遠慮なんていいよ。子津君はアンダースローに集中して、私は子津君が集中出来るようにサポートするから」
躯の熱が上昇模様。有無言わせない笑顔と言葉にそっと掌を差し出す。
触れた指先は柔らかく、傷口に気を使って触れてくれる。
「子津君は…いつかノーヒットノーランで敵チームを抑えるような投手になれるよ。私は子津君が諦めない限り応援するからね」
触れる指先が温かい。どの言葉を吐き出そう。感激と照れと気恥ずかしさが渦巻いて言葉にならない。
「どうしたの?」
「いいいや、何でもないっスよ!」
「えー…あ、分かった! 疲れだね! 良いのがあるよ」
そう云って取り出したのは、綺麗にラッピングされた箱。綺麗だけどお店のような綺麗さじゃなくて、手作り感溢れる綺麗さ。
「疲れた時には甘いもの。これ定番っすよ」
笑って、きっと僕の真似だろう口調で箱ごと渡された。
「開けていいんスか? 丁寧にラッピングしてあるけど…」
「うん。子津君のだからね」
「ありがとうっス」
なるべく破らないようにラッピングを開けると箱の中からは甘い香りのチョコレート。一口サイズのチョコレートもまた手作りの雰囲気。
「美味しいっス!」
「良かった」
一つを口に放り込めば心地よい甘さが広がる。チョコレートはどれも同じだと思っていたのに、市販のチョコレート菓子よりも数段に美味しい。
「あの、これ…弟と妹にもあげていいっスか?」
「…ふふ、子津君ならそう云うと思って多めに作ったんだ」
「わ、そこまで気を……」
ふ、と気付く。
「?」
どうしてチョコレートなんだろうと考えれば、そういえば今日は2月14日のバレンタインデー…。で、手作り……?
「どうしたの? あ、アンダースローって下半身も使うからどこか足を痛めたの?」
俯く僕の考えはまるで糸をひくように。
あれ、そういえば野球もかなり詳しい? ルールも知らないと云っていた筈なのに…。
チョコレートの件は恥ずかしくて口から出なかったけれど。野球に詳しくなったのかと問えば、彼女は頬を赤らめた…。
「えっと…子津君が真剣に取り組んでるのを見て…野球を見るようになったの。テレビとか練習風景とか。そしたら、やっぱり楽しくて。少しだけ子津君の気持ちが分かったよ」
「………」
頬が赤い彼女に、僕までもが体温が上がる。
「あの…!」
「?」
「やっぱり…チョコレート全部僕が食べていいっスか?」
耳まで真っ赤な彼女は、ただ大きく頷いた。
口の中でとろけるチョコレート。初めて、独り占めしてしまいたいと思ったチョコレート。
(ねえ)(?)(毎日眺めてもいいかな)(子津君を…サポートぐらいは出来るから…)(え…あ…僕でいいのなら…その…歓迎っス…)
あぁ、きっと。
誰かが来たら、からかわれる程僕達の顔は赤い。
†