ぶん。

□Happy Wednesday<ぬし誕>
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あの金属特有のひんやりとした冷たい感触は今でもよく覚えている。



それとは対照的な暖かい手のざらついた温もりも。




あの時感じたふたつの温度は、ぼくの記憶の底に海馬の中枢に 宝石をちりばめた宝箱のように確かな質量をもって存在し、守られ続けている。











Happy Wednesday



記憶の底の海馬の中枢の宝箱を開けば、いつだってそこには泣きそうな顔して笑っているあの頃のぼくがいる。




あの日も確かに水曜日だった。



「了、もう取り皿とジュースはテーブルに出した?」

「えー…もうケーキの準備しちゃうの? まだ父さん帰ってきてないのに…」

「お父さんはまだ仕事よ。大丈夫よ、今日中には帰ってくるってさっき電話あったんだから!」


父さんは発掘の仕事をしているから、毎晩遅くまで忙しいのは重々分かっていた。だからこそ今日は3人でケーキを食べたかった。
でも結局母さんに諭されて、ケーキは母さんとふたりで先に食べてぼくはベッドに寝かされた。



窓から薄い月明かりが差し込んでくる以外は真っ暗な部屋で、ぼくはベッドの上で目だけ開いて目覚まし時計を眺めていた。
時計はもうすぐ12時を差そうとしている。

ぼくは寝返りをうって耳をすました。だが、父さんの車のブレーキ音は聞こえてこない。

もうすぐで今日が終わってしまう。今日中には帰ってくるってゆってたくせに、来年こそはちゃんと9月2日その日に了にプレゼントをやるって約束したくせに――
自然と涙がにじんでくるのを止められなかった。夜更かししたせいかしだいに瞼が重くなってゆく。

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