NOVEL

□シャウト!
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「水谷ー!」

振り向くとそこには俺の大好きな人がひらひらと手を振りながら走ってきていた。

「そんなに急いでどうしたの」

少し赤くなった頬が急いでここまで来たことをうかがわせる。

「あのさ、これ!」

そういって差し出されたのは一枚のMDだった。


シャウト!


俺たちの共通の趣味に”音楽”というものがある。
自分の好きな曲を貸したり、借りたり、一緒に聴いたり。
そんな貸し借りの間に、いつの間にか栄口の好きな音楽を俺も好きになっていた。
そして、栄口も俺の好きな音楽を好きになってくれたりして、また‘同じ’ところが広がっていっている。


「あれ?これって昨日貸したやつだよね…もう聴いたの?」

帰りが遅い俺たち野球部は家で音楽をゆっくりと聴く時間なんてほとんどない。
帰って、飯食って、風呂入って、寝る、というサイクルを繰り返している。
だからMDを借りても返すのは1週間後とかだったりすることが多い。

「うん、すごい楽しみだったから」

ふたり並んで部室へ向かう。花井と阿部は今日は一足先に職員室へと行ってしまった。
栄口は行かなくていいの、と聞くと今日は用無しなんだーと言っていた。

「そんなに聴きたかったの?」
「だって水谷、この曲のこと、興奮して話してたじゃん」
「え、ああ」

確かにこれはここ最近でも特に気に入ってたアルバムで、何度も栄口にその話をしていた。

「だから、どんな曲なんだろーってずっと気になってたからさぁ」

(…これはすごく、嬉しいぞ)

「何、俺変なこと言った?」
「いやー…」

(やっぱり好きだなぁと思って)

口には出さずに次の言葉を紡ぐ。

「で、どうだったの?」

すると俺の大好きな笑顔で言った。


「さいっこう!」


(…言い直します、やっぱり大好き、です)

「うん、ほんと最高」
「シャウトのとことかすっげぇのな!」
「うん、すんごい好きだよ」

(栄口が!)

「…どうしたの水谷、何かおかしいけど」
「っー…ああああああ!
好きなんだよー大好きなんだよーもうさいっこうなんだよー!」

周りの人たちが驚いて俺を見る、が、それも気にならない。
俺は勢い余って一歩前へ、栄口は突然叫びだした俺に驚いて一歩後退った。
少し前に出た俺は、くるんと振り返ってきょとんとしている栄口に心の中で宣言する。

(いつか絶対直接言ってやる!)

今はまだ思いを告げる勇気はないけど、ちゃんと面と向かって好きですと伝えるんだ。
俺は無我夢中で走り出した。何せ顔が赤かったから栄口に見られたくなかった。
置いていってごめん栄口、でも走り出した足は止まらない、あとでちゃんと部室で謝るから!



「…そんなにシャウト好きだったんだ」

水谷はロックも聞くのは知ってたけどシャウトが入った曲は珍しくて意外だった。
また新しい一面を知れたのかと思うとちょっと嬉しくなった。
(って、何顔赤くしてんの俺!)
水谷が突然走り出したのにはびっくりしたけどちょうど良かった。こんな赤い顔見られたくなかった。
にしても好きって。シャウトのことなのはわかってるけどさぁ…
いまだ赤い顔は治まることを知らない。落ち着けって俺。

やっぱり今日返すのやめてもっとじっくり聴かせてもらおう
あ、今日ものすごく頑張れる気がする。

緩んだ口元を必死で抑えながら俺は部室へと急いだ。


過去拍手御礼文
09.12.03〜10.05.21


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