NOVEL
□ありえない
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「いえない」とセットです。こちらは阿部視点
ふっと鼻先を掠めたシャンプーのにおい、ふわふわした触り心地の良さそうな髪、自分より細い体躯。
そんな後ろ姿を見ていたら、
つい、
抱きしめてしまった。
「え?」
たっぷり5秒数えて、腕の中から小さくそう聞こえた。
そこでハッと腕を離すと、何が起こったのかよくわかっていない三橋が振り返ったまま、呆然と立っていた。
その姿を見てやっと自分のしてしまったことの大変さに気付く。
「わりッ…」
何か弁解しようとするが、いい言葉が浮かばなくて言葉が続かない。
俺と三橋以外、誰もいなくなった部室に沈黙がおりる。
沈黙をやぶったのは自分がされたことに気付いたのか明らかに頬を赤く染めている三橋。
慌てたように荷物を引っ掴むと「じゃ、あね」と小さく呟いて逃げるように出て行ってしまった。
「…何、やってんだ、俺…」
人生でこれほど後悔という言葉を身に染みて感じたことがあっただろうか。
いや、ない。
あれから3日三橋と話していない。というのもテスト期間に入って部活がないのだが、もちろんそれだけが原因ではなかった。
結局あれからいろいろ考えたが、正直なところ、自分でも何故あんなことしたのかよくわかっていない。
ただはっきりとわかっているのは、このままでは確実にこれからの部活に、そうバッテリーとして支障が出る、ということだ。
「どうしろってんだよ…」
ただ訳のわからない感情に戸惑うだけだった。
◇◇◇
「…なんか最近おかしくない?」
「え?」
水谷の唐突な質問に意味がわからないという顔で見返すと、むくれたように言う。
「阿部だよ、なんか最近ぼーっとしてるっていうか」
「阿部?」
そう言われてみれば…確かに最近おかしいかもしれない。まあ、普段からそんなに表情があるやつではないけど、ここのところはどこか上の空のような感じがする。
ぼーっとグラウンドを見ている阿部を横目に水谷がよっ、と前の席に座りながら言う。
「三橋絡みかな?」
「三橋?」
聞き返すと、凄い顔で見られた。
「…花井さぁ、見ててわかんないの?」
「何がだよ」
次はため息をつかれた。
「…あーもう、鈍感なんだから〜だから田島も苦労すんだよ」
「はあ?!?!どういうこ」
「三橋と何かあったのかな〜」
「おい、俺の話を聞け!!」
花井と水谷がわあわあ言っているが、グラウンドで体育の準備をしている9組がなんとなく気になって、昼休み特有のクラスのざわめきなど聞こえやしない。
(あ、泉と田島)
(浜田と、…三橋)
遅れて後ろに着いて行く三橋をぼんやりと眺めていたら、
三橋がふっと、
振り向いた。
( !! )
反射的にばっと窓とは逆の方向を向く。
見る見るうちに顔が熱くなっていくのが自分でもわかる。居たたまれなくなってガバッと机に顔をうずめる。
(おい、いや、ちょっと待てよ)
(これじゃあまるで…いや、いやいや)
(ありえない…だろ)
悩みがまたひとつ増えた。
管理人は花田も好き。