NOVEL
□しあわせ
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しあわせ
「泉、そこ持ってて」
「ん」
「そうそう、あ、出来ればちょっと引っ張って欲しい」
「ん」
明るい髪色、長身にお洒落なTシャツ。そんな見かけとは正反対に器用な指先。
この男に明らかに不釣合いな小さな針はスイスイと進んでいる。
「完成〜♪」
手を広げた長さくらいの布には『西浦ファイト』の文字。
「相変わらずすげぇな」
もちろん俺にはこんなこと出来ないが、そこらの女子にもきっと出来ないだろう。
こんな特技があったなんて、中学の頃は知らなかった。
まだ『浜田』が『浜田先輩』だったとき。
本人に言ってやるつもりはないが、『浜田先輩』は密かな憧れだった。
野球に対する熱心な姿勢。
持病は持っているものの立派に活躍していたし、その怪我を表に出さないところに凄く好感を抱いていた。
それがまさか同じ学年で、同じクラスで、ましてや「恋人」になるだなんて思ってもみなかった。
「今度は泉ってでっかく作ろかな〜」
「やめろ」
「…冷たい」
「田島なら間違いなく喜ぶぞ。でも、花井はやめとけよ、絶対泣く」
どれだけ冷たくてもいつでも笑って返してくれるのは年上の余裕なのか、浜田という人間性なのか。
それに甘えてるのは自分でもよくわかってるから、なんか悔しくて。
素直になれない、ホントは凄く好きなのに。
そこで考えるのをやめる。
…阿呆くさ。何、考えてんだ自分。恥ずかしすぎる…
「はーまーだ!」
「ぐあ、田島、何!?」
教室のドアから一直線、突っ走って田島は浜田に後ろからがっちりと抱きついた。
「俺に裏技伝授してくれー!」
「え?ドラクエのこと?」
「そうそう、どうしてもスカイドラゴンがさあ」
田島は最近ドラクエにはまってるらしい。
そして水谷と対戦するべく、休み時間も(そして授業中も)必死で育て上げている。
この様子だとさっき水谷のところに行ってきたようだ。
にしてもいつまで抱きついているつもりだ。
もちろん田島だからそんな気がないのはよくわかっているけど…
あーもう。
「田島、俺が教えてやるよ、こっちこい」
「マジで!?泉もできんの!」
「え、ちょ、泉」
「お前は裁縫でもしてろ!」
ホントにもう、見っとも無い。嫉妬だなんて…絶対に浜田に言ってやるものか。
素直になんかなったらたぶん、俺は俺でいられなくなるし。
絶対に言わねぇ!
ばたばたと走り去っていく二人が見えなくなると、丁度三橋が戻ってきた。
「浜、ちゃん」
「三橋〜、お帰り」
「た、だいま、田島君と泉君は?」
「あ、なんかゲームの裏技伝授しに行った」
「…さっきのはあれだよな」
「ど、したの?なんか嬉しそう…」
「いや…俺って幸せ者だなって」
「??」
本人は隠してるつもりかもしんねぇけど、やっぱり可愛いとこがあるんだよな。
「三橋も幸せか?」
「うん!オレも幸せだ、よ!」
「そっか、そっか」
「うん!」
気付かないふりもまた大事だよな。あ、泉って応援旗作ってやろっと。
浜ちゃんは大人、そして泉はツンデレの代表だよね。
なんだか定番な浜泉。