NOVEL
□赤い月と左手
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赤い月と左手
「ど…したの?」
「え、あ!」
知らず知らずのうちに繋いでいた左手に力が入っていてしまったらしい。
左手に入った力を少し緩める。
「ごめん、ちょっと」
俯き気味の俺を、水谷は心配そうな顔で見つめる。
「…なんかあった?」
「…」
「栄口?」
一向に何も言おうとしない俺に、水谷はますます心配そうな顔をする。
何だか申し訳なくなって、小さく、違うんだ、と掠れた声でつぶやいた。
「…月が」
「月?」
「月が今日は赤いんだ」
すっと見上げると漆黒の夜空に真っ赤な月が異様な存在感を放って、そこにいる。
さっき、俺をとてつもなく不安な気持ちにさせた月が。
「あの赤い月を見てると、なんか…
…なんか水谷がいなくなっちゃいそうで」
少し驚いたような顔をしている水谷を見ると途端に恥ずかしくなった。
冗談っぽく笑ってごまかそうとしたけど、顔が強張って上手くいかない。
自分が想像してた以上に不安になっていたことに気付かされる。
どうしようかと、口をぱくぱくさせていると、左手がぎゅっと握られた。
「!」
「知ってる?今日は月食なんだよ」
そう、何の前ぶれもなしに水谷は切り出した。
「…月食?」
「そ、月食。いつもなら月が、太陽だか地球だか忘れちゃったけど、それに隠れて見えなくなっちゃうんだって。」
強く握られた左手と水谷の顔を交互に見るが、気にしてないように話を続ける。
「でも、今年は特別。ちゃんと隠れなくて真っ赤に見えるんだって朝のニュースで言ってた。
月食ってさ、一晩中見れるわけじゃないんだよ。ほんの数時間だけ見れるんだ」
ニュースの受け売りだけど、とにっこりと笑いかけてくれる。少しほっとするのがわかる。
「ねえ、すごいことだよね、栄口と一緒に、そんな特別な月見れるなんて」
「え…」
今日はいい日なんだよ、栄口とデートもできたし、といたずらっぽく微笑む。
照れたようにくすりと笑う俺に安心したのか、繋いだ手をぶんぶんと振って陽気に言う。
「俺はいなくなったりしないよ、
栄口の前からいなくなったりしない。
だから栄口も俺の前からいなくなったりしないでよ?」
敵わないな、と思う。
真っ直ぐで、優しい水谷にいつも俺は助けられてる。
落ち込んでる時は相談にのってくれて、逆にいいことがあった時は一緒に喜んでくれて。
誰かが近くにいる、そんな些細な有難さをくれるのはまぎれもなく、水谷だ。
「…当たり前だろ。俺も絶対水谷の前からいなくなったりしないよ」
いなくなったりしない、いなくなれるわけがない。
すん、と鼻がなる。視界が少しにじんで見えるし、声も変わったような気がするけど、真っ暗だしわかんないかな。
二人分の足音が夜空に響く。左手に伝わる水谷の暖かさがどうしようもなく愛しい。
漆黒の夜空を見上げると薄っすらと白を帯びた赤い月があった。
月食もそろそろ終わるらしい。
「水谷」
「ん?」
「すき」
その時の水谷のびっくりしたというか嬉しそうな顔は噴出してしまうほど情けなかった。
真っ赤な目をした俺も随分情けない顔をしてたんだろうけど。