GX一般向け小説
□若きアンデルセンの悩み
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How Do I Love Him?
トントン、リビングと寝室をつなぐドアがノックされる。
ノックしているのはもちろん、このホテルに一緒に滞在している遊城十代だ。
「ヨハーン、考え事、まだ終わんないのかよ。早くデュエルやろうぜ!」
「もう少し、一人で考えさせてくれ」
ドアに向かって叫ぶ。こっちだってデュエルしたい気持ちはやまやまだが、相手は十代だ。こちらの気持ちがデュエルに集中していないと確実に負ける。
「わかったよ。ったくどんな必殺コンボ考えてんだか」
十代はぶつぶつ言いながら去っていった。相変わらずだ、あいつはなんでもデュエルに結びつける。
俺もそういう傾向はあるが、今日、寝室にこもっているのはデュエルとは関係ない。きっかけは1時間前の十代の一言だった。
約1ヶ月前、再会した十代と俺はI2社のペガサス会長の意向に添い、東アジアタッグデュエル選手権に出場することとなった。
その第1戦は、ここ、童実野町で今日、開かれた。
十代とのタッグは久しぶりだったけれど、すぐに慣れた。
十代のデッキは知り尽くしているし、カッコいいヒーローたちが俺と一緒に戦ってくれるのはすごくワクワクして楽しかった。
それは十代も同じだったようで、俺の宝玉獣たちも、張り切って十代の指示のもと大活躍してくれた。
こうして二人とも最高の気分で戦っていたら、あっさり優勝してしまった。
そこで、お祝いに駆けつけてくれたのが、翔、剣山、レイの3人だった。
最初は5人で話していたが、途中から俺は席を外した。なんといっても久しぶりの対面だ、俺はこれからしばらく十代とずっと一緒にいられるんだし、ここはDAの同窓会を優先させてやろう、と考えたのだ。
だから、4人の間でどんな会話が交わされたのか俺は知らなかった。さっき十代から衝撃的な一言を聞くまでは。
早乙女レイ、俺は彼女を甘くみていた。そういう方面には、十代よりはマシだとしてもかなり疎い方だから、うっかり忘れていたのだが、彼女は昔から十代に恋していたのだった。
恋する乙女、早乙女レイ、恐るべし。
それは約1時間前のことだった。
ホテルの部屋に戻ってきた俺たちは、お茶を飲みながら話をしていた。十代とデュエルの話をしていると時のたつのを忘れてしまう。それほど楽しい。
今日の対戦について一通り話し終えた時だった。ふと何かを思い出したように十代があまりにも何気ない素振りでこう聞いてきたのだった。
「あのさ、ヨハン」
「ん、何だ?」
「ゲイって何だ?」
あやうく飲んでいたお茶を吹き出すところだった。
天然で物知らずだとは思っていたが、聞くに事欠いてなんてこと聞いてくるんだよ!
フリーズしている俺に気付いて十代が言った。
「あれっ?俺なんかマズかった?」
当たり前だろーが、と思ったが、いつぞや明日香が”十代にはあきれるわ。フィアンセの意味も知らないのよ。”と言って、1年のときの明日香をめぐるテニスデュエルの話を笑いながらしてくれたことがあったから、フィアンセも知らない十代がゲイの意味を知ってるはずないのかもしれない。
「十代、お前それどこで聞いてきたんだ?」
気を取り直して十代にたずねると、
「いや、さっきレイがさあ、”十代様とヨハンって仲いいから、ゲイじゃないかって噂があるけど嘘だよね”とか聞いてくるからさ」
レイか、確か日本のグレードではまだ中学生の年齢のはずだが、女の子はおませだから、そういうことばもばっちり知っているのだろう、もちろん意味も含めて。
つくづく女は怖い。
「で、何て答えた?」
「いや、意味わかんないから、”さあ”って答えといたけど」
十代、それはちょっとマズいだろう。話の流れ的に”俺たち、もしかしたらゲイかも”と取られかねない言い方だ。
「それ聞いて、レイはどんな反応だった」
「それがなんか怒ってたみたいでさ、ワケわかんねえ」
「そりゃそうだろうな」
ちょっとレイに同情してしまう。
「なー、ホントにゲイってなんだよ」
だから、真顔で俺にそういうこと聞くな!!
と、思ったときだった。
”うふふふふ” ”くくくくっ”
すぐそばで忍び笑いが聞こえた。いつのまに出てきたのか、アメジスト・キャットとバーストレディが身をよじって笑っている。
ったく、人の苦労も知らないで。
「少しは自分で考えろ、十代!」
考えてわかるような種類のこととも思えないが、とりあえずそう言ってみた。
十代はしばらく考えていたが、やがて
「全然わかんねえ、芸人の芸?」
と、さらに脱力する答えを出してきた。
「ああ、もうそういうことにしておけ!」
「そういうことにしておけって、そんな無責任な」
「十代、俺ちょっと考え事があるから、しばらく一人にしてくれ」
そう言って俺は寝室にこもり、十代の容赦ない追求から逃れたのだった。
俺は断じてゲイじゃない、と思う。今まで男に対して恋愛感情を持ったことは一度もない。でも、待てよ。だったら女はどうなんだ、と思うと、これも特別な感情を持ったことはないような気がする。
母国にいたとき、何度か請われて女の子とデートしたことはある。
映画を見たり、公園を散歩したりするのは、それなりに楽しかったけど、一緒にいるから特に楽しいと思ったことはない。話し相手がいるのは楽しいといえばそうなんだろうけど、どっちかといえば宝玉獣たちといるほうが、もっと楽しい。
でも、他の誰かと一緒だと、みんな遠慮して出てきてくれない。だったら一人で公園に行ったほうがいいと思ってしまう。
誰と一緒にいるのが一番楽しいか?答えは簡単だ、十代と一緒のときが一番楽しい。
一日中デュエルの話をしていられるし、(だいたいデート中に10分以上デュエルの話をしているとその時点で振られる)お互いの精霊たちとは十代も一緒にみんなで話せるし。
だけど、それだけじゃないような気がする。
十代とは何の話もしなくても、そばにいるだけで、すごく嬉しいようなくすぐったいような気分になる。いつまでもこうしていたいって思ってしまう。
一緒にいるだけで幸せって、もしかしてそれって、まさか
”十代に恋してる” とか?
「うわーっ!!」
俺は枕に顔を埋めた。そんなこと考えたこともなかった。
でも、マズい、非常にマズい。
何か今後十代の顔をまともに見られないような気がする。
どうしよう。
「おーい、ヨハン、大丈夫かあ?!」
ドアの外から呑気な声が聞こえる。俺の叫び声を聞きつけたのだろう。
「ああ、大丈夫。」
と答えたものの、どうしよう、正直、今、十代の顔を見る勇気がない。でも、ずっとこもっているわけにはいかないし。
「ほんとに大丈夫なのか?具合悪いんなら遠慮しないで言えよ!」
あ、心配かけてるんだ。気付かなかった。ちょっと怖い気もするけど、十代に心配かけるのは本意じゃない。仕方ない、勇気出して。
と、意を決してドアを開けると、目の前にいた十代とまともに視線がぶつかった。ヤバい、なんかどきどきする。
「あのさ、ヨハン、さっきはごめん」
「えっ!?」
何で十代があやまるんだ?
「あんまり訊かれたくないことだったのに、しつこくきいてイヤだったんだろうなーって思ってさ。」
申し訳なさそうな顔をする十代をみていると、こっちが申し訳なくなってくる。
「あ、いや、そうじゃないんだ。そういうことじゃないんだけど」
もう、何て言えばいいんだ。
「十代が心配しなくていいよ。俺が勝手にいろいろ考えて」
そうだ、どんな風に十代が好きとか、考えてどうなるものでもない。「友情」とか「恋愛感情」とか、「好き」という気持ちをカテゴリに分けることに何の意味がある?「十代が好き、だから一緒にいたい」でいいじゃないか。そんなことで十代に心配かけるなんてバカげてる。
「あー、もうやめた。とにかく俺は十代が好きなんだから、それでいいや」
「そっか、よかった。てっきり怒らせたかと思った。」
「怒ってない、怒ってない。さあデュエルやろうぜ!」
「やったー!!」
無邪気に喜ぶ十代の能天気な顔を見ていると、ちょっと悪戯心がわいた。
「あのな、十代」
「ん?」
「わからないことがあると何でもすぐ人に聞くのは良くないぞ。疑問点は自分で調べろ。」
「どうやって?」
それも知らないのか、一体、学校で何をしていたんだか。
俺は枕元から辞書を出してきて十代に手渡した。一般的な国語辞典だが、多分載ってるはずだ。
「それは五十音順になってるから、か行を探して言葉の意味を調べるんだ」
「へえ、便利だな。かきくけ、け、けい、げ」
どうやら探し出したらしい。その項目を読んでいた十代の顔が、ぱあっと赤くなった。
「ごめん、ヨハン」
「ん?」
「俺ちょっと考え事」
十代はそう言うと、辞書を俺に返し、俺と入れ替わりに寝室に入るとドアを閉めてしまった。ちょっとやりすぎたかな。
”あなたたちって、ほんとに似てるのね。”
いつの間にか俺のそばに来ていたアメジスト・キャットが言う。
「そうかな」
”大丈夫、十代もきっと同じ結論を出すわよ”
彼女はそう言ってウインクした。
そして、1時間後。
もちろん、彼女の言うとおりになったのだった。
END
笑っていただけましたでしょうか?
「自覚編」になるような、ならないような。