BL小説 【鈍色の風、鋭く吹いて】

□上空50メートルの恋。
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こんな夢を見る。



きれいな景色…。
いまここに、あいつがいればいいのに。
見せてやりたい。

仕事の都合で来た高層ビルの最上階。
窓から見える景色は、
大気の汚れた大都会とは思えないくらい、クリアに見えて、
午前中の日差しは街並みを明瞭に照らし出している。

朝まで雨がふったからだろうか。

ふと、背後から声をかけられて、
その声に聞き覚えがあって、
弾かれたように振り返ったら
そこには「あいつ」がいた。

仕事で多忙なはずの「あいつ」。

ぼくは息苦しくなる。
胸が、しめつけられて。

なぁにやってるの〜こんなところで〜

相変わらず大袈裟な大声。
ぼくは苦笑して見せるけど、
ほんとうは会いたくて会いたくてたまらなかった。
だから、目頭が、あつい。

きみこそ、なんで。

ぼくは精一杯の笑顔を作ってきみに言う。

仕事の関係でね〜

きみは笑って、ぼくをいつもの優しい目で見た。
澄み渡った夏の清流に似た瞳で、ぼくを狂おしそうに見るのは、
ずるい。

きみは自分の後ろにいた部下を先に行かせて、
ぼくの隣に立った。

綺麗やね。

いつものきみのイントネーション。
ここしばらくは、この首都になじむために使っていなかった、その「自分らしさ」をぼくのまえでは隠さない。
そんなきみが好きだ。

あのあたりが俺の家かな〜

なんて、窓の外を無邪気に指さしてる。
整った容貌と、
長身に、
彼に憧れを抱く女性社員も多いはず。
なんといっても彼は会社役員。
ぼくは芸術家。
住む世界が違いすぎて、
ぼくらは両思いってわかってるのに、
安易に近づけない気がして。

ほんとうは会いたいのに、
会いたいなんて言えなくて。
だってぼくがそういえば、
きっときみは寝る時間さえ削って、
ぼくに会おうとしてくれる。

きみがぼくの顔をふと見て、
きみは笑った。

景色見てたんとちゃうの〜?

……ぼくはきみを見てたいみたい。

なに〜? 人の顔、じっと見て?

ううん、とぼくは首を横に振る。
なんでもないよ。

会いたい、一緒にいたいという言葉は空中に消えてしまえばいい。
汚れた大気が篠つく雨に打たれて消えて流れてしまうように、
ぼくのこの浅はかな思いも消えてしまえばいい。

この景色を、
きみに見せたいなって思っただけ。

ぼくの言葉にきみはふと笑った。

かわいいこと、言うやん。

そして、きみは、
誰からも見えないように、
一瞬だけ小指をぼくの小指にからませて。

今晩会いに行くから、と呟いて。

そのまま背を向けて、
革靴のかかとをならして去っていった。

まっすぐに伸びた背筋と、
きちんと着こなされたスーツ。

あの背中に乗るのは、
数百以上の従業員数を抱える大手企業役員としての矜持と圧力。

今晩会いに行くから。

そんなことを言われてのは初めてで。
まさかこんなところで会えるとも思っていなくて。
たとえ会えたとしても、
きみとぼくじゃ世界が違いすぎて声すらかけてもらえないと思っていたよ。

同じ景色を一緒に見たいだなんてそんなわがまま、ぼくには許される隙もなかったのに、
きみはたった一言でぼくを許し、
ぼくに隙を作る。

会いたかったんだ。ほんとうに。
だから、ほんとうはとても嬉しい。

ぼくは、誰もいないビルの最上階の廊下で、
窓に手をついてただ、泣いた。


きみが、好きだ。
ほんとうに、好きだ。








そんな、夢を見た。

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