BL短編小説 【ラストダンス 2】

□モスキートノイズ
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リブラ




その名前を聞いたとき、天秤座がなんのこっちゃと思ったもんだった。

リブラは天秤をあらわす、コトバ。




俺は、つい最近、最年少で国際的な映画祭で最高栄誉と言われる賞を受賞。
相変わらず、天狗っ鼻がなおりません。

ええい、世の中よ、俺様、朝比奈秋空様にかしずけ。ひれ伏せ。



「で、史希が忙しそうにしてる理由は、そのリブラってバンドにあるってことなのネ?」
「…兄さん、いい年して可愛い語尾を使わないでください」
「…おまえもその年で、そんなに落ち着くな」
「意味不明だよ、まったく」

俺には16歳の女と結婚したおまえのほうが意味不明だっつーの。

しかも、変人!

変人・藤倉咲子。

しかも!
朝比奈姓から藤倉姓になるなんて!


株式会社ノイズ、30階の関係者御用達喫茶店は、がらんとしていた。
まだ午前中だからか。

「そのリブラってのは、17歳かそこらの少年バンドでしょ?」
「まぁ、見てから文句は言ってくださいよ。本当にすごいから」
「…史希がそこまで言うなら、ホンモノだろうけどサ」
「あ、映画祭最優秀作品賞、おめでとうございます、秋空兄さん」
「…なんでこのタイミングに言うんだ。…。…ありがと」

相変わらずズレてんね、史希ちゃん。

ま、そんなところも可愛い弟だけどネ。

「で?」
「で?」
「呼び出したのは史希じゃん。リブラってバンドの名前を出したのは意味があんだろ? おまえさん、頭いいもんなぁ。俺にゃ策略家は向いてないんだぜ? わかるようにズバっとビシっと言ってくれよ。遠まわしなのはキライなの」

だから、この会社に入って役員になるって道は選ばなかったんだけどネー。
だって、映像と戯れてるほうがよっぽど面白いし。
書類と睨めっこなんて、俺はゴメンだな。

「端的に言うと、PVを撮ってくれないか、というオファー、だね、兄さん」

朗らかな顔で言いやがって。
仮にも有名新進気鋭映像作家だぜ、俺様。

「そんな無名に近いバンドのPVなんてやってられっかい。慈善事業もいいとこだぜ」
「まー、そう言うと思ってましてね」
「ナニナニー?」

すっと、史希はスーツの内ポケットから封筒を取り出す。
賄賂? 買収?
秋空、そういうのワクワクしちゃうんだけど!

「チケット、です」
「は?」
「だから、チケット」
「…金つめよ!」
「なんでそんなことしなくちゃならないんです。実の兄に」
「おまえー、それはあれだろー、ビジネスライクってやつだろー」
「充分、ビジネスライクですよ? リブラの、ライブチケットです。もうしばらくすれば、これもプレミアモノになりますよ」
「…なるかよ」

ちぇ。

「これをプレミアチケットにするのは、秋空兄さんですよ」
「…は? ごめ、史希ちゃん、俺、頭悪いのね。もうちょっとちゃんと説明してくれるかなぁ?」
「頭が悪いのは重々承知してますよ」
「否定しろよ、そこは! 否定しとけ!」
「…頭は…いいはずなので、この話を持ちかけてるんですよ?」
「わからないよ!」
「まぁ、とにかく来てください。関係者席をきちんと確保してますからね」

史希はにっこりと言うと、仕事がつまってますので、と他人行儀に笑って席を立った。

テーブル置かれた、飲みかけのコーヒーカップがふたつと、チケット。


…おい、伝票忘れてんよ!
俺のオゴリかよ!







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