BL短編小説 【ラストダンス 2】

□室長と俺は呼ばれた。
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「若すぎるな。人事は何を考えてるんだ」

社長秘書室室長。

俺がそれに就任した挨拶後に、朝比奈真白社長は、そう言った。



* * *



後ろに流した髪、しわ一つないスーツ、今日も暗い色のネクタイ、けれど顔は、この会社に所属している芸能人よりも整っている。

知性と教養がにじみ出るような容姿。

嫌味ですら上品なしゃべり方。

鬱陶しいだけの元老院ですらうまく手綱をひく、その実力。
そして、就任後、純利益を下げたことのない実績。



それが、
株式会社ノイズ、
代表取締役 社長 朝比奈真白の全てである。



一言で言えば「美しくて有能」。

30代も半ばで社長になった男の秘書室室長となった俺は、30歳もすぎたばかりで、異例の昇進でもあった。



お言葉だが、この年の男を社長秘書室室長にしたのは人事部であって俺ではない。
文句は人事部に言っていただきたいものだ、といささか腹が立ちながらも、俺は決してそれを顔には出さない。

総務部秘書課で覚えた、秘書としての自分なりのルール。


秘書室は俺と、雑務をこなす内勤が1名。
お局様だ。


「まぁ、いい。樋口、といったな。私の秘書室に入るということはハードな仕事になるとは思うが・・・」
「精一杯、業務に当たらせていただきます」
「・・・ああ。頼んだぞ。室長、さっそくだが畑中さんにきいて、明日の出張の用意をしておいてくれ」
「かしこまりました」

畑中さんというのは、お局様のことで。

社長はまったく距離を縮めようとせずに、そのまま社長室に戻った。




秘書室は社長室の手前。
秘書室の窓口を通らなければ、社長室には入れないことになっている。

畑中さんは長い間、秘書室の室長補佐で、ベテラン。
もう大学生になる子供さんがいるとか、いないとか。


「畑中さん、こんな若いのが室長で、不安ではないですか?」

俺のずばりな質問にも、畑中さんは優しく笑って、いいえ、と言う。

秘書って部類はみんな、嘘でぬりかためられているような表情をしている気がするのは、この会社の秘書だけなのだろうか。

「社長が室長に初めから親しげにお話されたのは、いまの室長がはじめててございますよ」

あれ?
あ、そう?

驚いた。

あれで?
親しげ?

「室長はほとんど社長について回るような運命にあるでしょう? ですから、社長は室長を運命共同体だと考えられているんです。ですから、初めは非常に値踏みされるんですけれど・・・、正直、意外でしたわ」

あ、そう?

きょとんとしてしまって、畑中さんに笑われた。

「あちらが書類のケース、それからこちらが社長用のスケジュール帳です。あとは・・・前任者からお聞きされてますね? 樋口室長」
「はい。大丈夫です。ご迷惑をおかけするかもしれないですが、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします。畑中さん」

礼はきっちり45度。
顔をあげるときの笑顔は忘れない。
それが樋口流。

ほら、みろ。
お局様も一瞬で。


室長、と呼ばれることにいささか背中がむずがゆかったが、不安と期待に満ちた生活はスタートした。





朝は出社して、それから運転手とともにご自宅にお出迎え。

美しくて若い奥様と、幼い令嬢にお見送りされる社長を乗せて、会社へいく車内でスケジュール確認。

出張があれば一緒に出向き、接待相手と一緒に食事し、体調を崩されていればお薬を用意する。

必要なものをそろえ、会議に挑んで。
スケジュールを調整。
調整調整。


そんな日々が、すぐに俺を忙殺し始めた。



「どうだ。忙しいだろう」
「ええ。確かに。ですが、・・・生きている感じがしますね」

移動中の車内でそう言うと、隣に座っていた社長は一瞬黙り、そして笑った。


はじめて見る、笑顔だった。


若くして社長に就任したのであれば少なくとも焦りやがむしゃらさがあってもおかしくないものを、この若い獅子は悠然とかまえ、まるで何年も前からその玉座につくための帝王学を叩き込まれていたかのような態度とオーラを迸らせている。

だからか、社長は常に冷静な判断と落ち着いた反応しか返さなかった。

室長として常にそばにいる、俺にさえも疲れた顔ひとつ見せない彼は、当然笑うこともなかったのに。


「・・・そんなに変なこと、言いましたか?」
「言ったぞ。室長になって、生きている感じがする、などと言った者は初めてだ」
「・・・そう、ですか。でも、生きている感じが、するので」


毎日、帰ってからのビールがうまかったり。
忙殺されるからこそ、必要とされる位置にいるからこそにふとした瞬間に「ああ、生きているな」という実感がわいていた。

この仕事は、嫌いじゃない、と思いはじめていた。
就任から、1ヶ月が経っていた。


暴君だの、会長の七光りだのコネだのと、社内では噂は絶えなかったが、それ以上に「できる社長だ」という認識の高い株式会社ノイズ。

それらの末端の噂は、確かに彼の真実を表しているようだった。

噂はあれど、汚れた噂はほとんどない。

どれだけの陰口も、最終的には「でも、やり手社長なんだよな」で終わるのだから。

「社長になって数年経つが・・・今までの室長はみな老体ばかりでな。じぃじばかりだ。口はたつが、体がついてこんと弱音ばかり吐いていた。まぁ・・・年齢が違いすぎるから、仕方がないのだが。場合によっては祖父の年とかわらんような室長もいたぞ」

おもしろかったので「じいじ」「じいや」と呼んでやった、と社長は笑った。

今までから考えれば、嘘のような笑顔で。

美しい、顔で。


朝比奈真白。
純白の雪の深い日に、生まれたからというその名は、まるであなた自身を映し出しているような。

「次の室長は若くてよかった。私も、はりがいがある」
「そ・・・そうですか・・・、それは、光栄です」

初めて会ったとき、嫌味すら言われたのに、意外な言われようだった。

「気に入って・・・いただけたんですね?」

俺を。

「・・・ああ、そうだな。珍しく、気に入った」

珍しく。

ふと、その言葉がひっかかって、俺は顔をあげたが、社長はすでに目を閉じていた。

「・・・少し、眠る。会社についたら、起こしてくれ、室長」

室長。
その響きが。
あなたしか出せない、音の振動が。

俺の耳に優しくて。



初めてあったときに、なんてぞんざいな態度の男だと思ったものだけれど、畑中さんの言葉は間違ってなかったようだ。

挨拶だけで俺の手腕をはかったのだというなら、とんだ観察眼の持ち主である。

その座につくに、相応と言うべきか。



悪い、癖が出そうだった。

藤倉君――旧姓を朝比奈という。
彼に、片想いしている俺は、彼への届かない思いを昇華させるためか、いつも仕事を一緒にする相手に擬似恋愛を繰り返してきた。

女男、関係なく。
年齢も関係なく。


社長は、その藤倉君の兄で。
よく見れば当然、顔も似ているし、声もふいに似ていると感じさせるところがあったりして。


それだけでも、十分に危険だったのに。



・・・このままでは、ハマるな。



わかっていながら、その感情をとめるつもりもない、俺。
我ながら、浅はかだと思うが、仕方ない。
こればかりは。


伏せられた社長のまつげは、静かに首都を走る車のわずかに振動に震えていた。






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