BL短編小説 【ラストダンス 2】
□オキシデーション
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きた、と思った。
予期も予想もしていた。
「樋口くん」
第二事業部部長から声がかかって。
次に続く言葉もだいたい、わかっていた。
「明日、14時に社長室に来るように、とのことだ」
真白さん、ちょっと早すぎやしないか?
俺を社長室に呼ぶということは、俺を総務部秘書課から第二事業部に異動させたその真意を語らなきゃならないということですよ?
「はい、わかりました」
* * *
『組織のより上に立とうとする者は会社の全知識にあかるいほうがよい』
俺が秘書課から第二事業部に異動になった理由を、人事部はそう語った。
『…と、社長が仰られまして』
と付け加えて。
株式会社ノイズの代表取締役社長の朝比奈真白は藤倉君の長兄で、会長の長男。
そして、何年か前の俺の「愛人」。
俺はそのことが全社員に知られて、社長秘書室室長を降格した。
その後、事業部部長付き秘書となり、第二事業部に異動させられ、今に至る。
真白さんの頭の中は全くわからない。
付き合っていたときから。
俺を・・・社長とのスキャンダルに汚れた過去を持つ俺を・・・その上へあがらせる意図が、わからない。
「なにもこんなときでなくていいのに・・・」
正直言って、今の精神状態で、大きな案件をぶつけられたら参ってしまいそうだ。
というのも。
「あ、樋口さん」
名前を呼ばれて振り返った。
綺麗に磨かれた廊下の上に、奈良原寿。
「・・・どうしたんだ、奈良原。ノイズで仕事かい?」
最近髪をなぜか伸ばして、斜めに流している、若い男は、俺を見てにっこりと笑った。
無邪気な笑いに、さすがの俺も頬が緩む。
かわいいかわいい、この若い俺の恋人は、何をびびってるのか、しょっちゅうは俺と会ってくれない。
ああ、なんか久しぶりだな。
顔を見るのさえ。
「吾妻のおつかいです。あの垂れ目、俺をパシらせるんだから、いい身分ですよ」
1年半前に出逢って、1つの仕事を一緒にやって、半年前に付き合い始めた。
照明屋とライティングアーティストと、ライブプロデューサーの肩書きをもつ、男。
「・・・髪、伸びたな」
そっと指を伸ばす。
けれど、奈良原はあわててその指を避けた。
「・・・なんで避けるんだ」
傷ついたぞ、今のは。
「だ・・・って、ここ、会社じゃないですか・・・」
「触るだけじゃないか」
「でも・・・それって、おかしいじゃないですか」
おかしなもんか。
髪が伸びたな、って言っただけじゃないか。
奈良原はびびってる。
始まったばかりの恋でもあるまいに。
・・・おかげで、年齢も年齢だというのに、俺は奈良原を抱いてない。
抱かれてもいない。
じゃれあい程度の愛撫。
そこ止まり。
それが、俺を思春期の時のようにジレンマに陥れていて。
情けないことに精神状態までを不安定にさせていた。
若いといっても奈良原も大人で、俺は充分すぎるほど大人で。
今まで男と付き合いがなかったとは言え、本当に好きなら抱き合いたいとか、そこまでいかないにしても会いたい、とか。
思うモンじゃないのか?
淡白なのか、びびっているのか、天然なのか。
・・・これが計算なら、さすがの俺でも驚くよ、奈良原。
俺はやれやれと溜息をついた。神妙な顔つきをすれば、また奈良原が気にする。だから、少し苦笑い浮かべて。
・・・こんな精神状態で、明日社長に会って。
そこで言われることの想像はつく。
鉄仮面だクールビューティーだ笑わないだと言われている俺でも所詮は人間で。
俺は誰かに相談したいことを、誰に言えばいいのだろう。
なぁ。
奈良原。
何をそんなに虚勢を張って、俺との間に一本の線を引くんだ。
正直言って、いろいろたまり始めていた。
肉体的にだけじゃない。
下世話な話だけでなく。
俺のこの感情に、おまえも責任をとってくれ。
なぁ・・・、寿。