BL短編小説 【ラストダンス 2】

□血
1ページ/8ページ

その声を、
その腕を、
その目を。

愛したものが負けなんだ。







* * *






シアター・ファタジスタ。
劇団の能力と実力をはかりにかける、その演劇の祭典を明日にひかえて、弥生はうちに来た。

それこそ咲子が「命をかけている」演劇祭だ。
弥生の鬼気迫るような気配も半端ない。

精神統一、なんてもんじゃなくて、もうちょっとイっちゃってんじゃないかと思うような、目つき。
その奥に、ぎらぎらしたものを隠して。

「…明日、本番だろ、何しに来たんだ」
「…冷たいですね、恩田さん」
「冷たくてけっこう。おまえ、腰の様子はどうなんだよ」

いいながら、玄関をあける。
部屋に入れよ、と視線だけで指示をして。

俺が帰るまで玄関先に座り込んでいた弥生は、立ち上がるのも痛そうな表情で。

持病で腰痛を抱えていた弥生は、重なるハードな稽古のなかで、確実に悪化させていっている。

けれど。

後には引けない。

それが弥生の役者魂なのだから。

「冷やすなよ、体。腰に悪いだろ?」
「…会っておきたくて、恩田さんに」
「…明日の前にか」
「決戦に赴く兵士の気持ちですよ、いまの僕は」

知ってる。
俺だって舞台を踏んで、その気持ちは痛いほどわかる。

不安と高揚と。

緊張と緊迫と。

吐きそうなプレッシャーと、射精しそうな快感。

舞台に立つからには、そういったこんがらがった感情とはおさらばできない。

主演となればなおさらで。

劇団の存続がかかった演劇祭の主演となれば…俺だって感じたことのない感情の荒波に飲み込まれてたってしかたがない。

しかも、弥生はまだ若い。

なにか思うところがあって俺んとこにきたのだろうし。

「腰痛で死ぬだなんて聞いたことないですけどね…、でもね。恩田さん」

やけに思いつめたカオ。

「僕、きちんと演じられたら…これが演じられたら、もう死んでもいいな、くらいのこと思ってるんですよ」

なにを。
死に分かれる前の遺言めいたことを。

こいつは。


わかってる。高揚と役作りへの執着がそうさせるんだ。
正直言って、役にのめりこめばこうもなる。
しかも今回、弥生が演じるのは多重人格者。
もはや弥生の自我がなくなってしまっていても仕方がない。
しかも、こいつ、やけにのめりこむから。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ