BL短編小説 【ラストダンス 2】
□イゾルテ
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こちとら40歳近い、いわば「おっさん」で、
向こうは25歳になるかなるまいかの若造。
男しかダメ、というわけでもないのに、いつの間にか俺の恋愛対象は男ばかりだった。
長い片想いと少しの両想いを経て、そして自ら切り捨てた恋をようやく笑い話ですませるようになっていた。
奈良原寿という、
いわく「めでたい名前の男」のおかげかもしれなかった。
* * *
「で、ですよ、樋口さん。そこのホールの反響版ってのが秀逸らしくてですね」
「うん」
「で、俺、行ったんでケド、やっぱり違いなんてわからなくてですね」
「うん」
「おまけにクラシックコンサートだったもんだからですね」
「うん」
「爆裂に寝ちゃってて」
「うん」
「樋口さん」
「うん」
「……」
「うん」
春うらら。
桜は満開だというのに外にも行かずに、俺と奈良原はなぜだか俺の部屋でコーヒーなんぞをすすっている。
奈良原の、何の変哲もない会話に相槌を打ちながら。
「…樋口さん、聞いてないっしょ?」
「うん。…うん? 聞いてるよ?」
「…聞いてねぇ…この人ってば…! ほんと、仕事から離れるとスイッチ切れちゃうんだから!」
すいません、聞いてませんでした。
というよりも、奈良原の唇ばかり見ていた。
俺は、ちょっとした変態に成り下がっていると思う。
藤倉君に長いあいだ片想いしていたときとは少し違う、この感覚。
…触れたい、という。
感覚。
奈良原に初めて会ったのが約2年前。
4ヶ月前にお互いの気持ちが同じ方向を向いていたことを確認しあって。
まだキスどまりだなんて。
中学生でもあるまいし。
…鈍感なのかい、奈良原くん。
この男心に気づいてないとしたら、とんだ天然だ。
きみも仕事以外のことになるとてんで消極的なんだから。
奈良原は全く話を聞いていなかった俺に怒るでもなく、あははと笑っている。
年の割には感情的でなくて、
けれどどこか野心も持っていて。
なりたい自分になるためには努力を惜しまない、いい青年だ。
そういえば一度だけ、
「恋人同士」になる前に、
戯れで自慰のまねごとのようなことをしてやったことがある。
…照れて、かわいかったっけ。
などと、考えてしまったものだから、また奈良原の言葉は俺の右耳から入って左耳から逃げていく。
「ひぐちさーん、ほんと、春ボケ? それとも、ほんとにボケちゃった?」
「だれがボケたって?」
「わ、なんでそういうとこだけ聞いてんの」
楽しそうに笑っている奈良原。
楽しいなら、まぁいいですけどね。
おっちゃん、きみに触れたいんだよね。
ちょっと手を伸ばして、髪に触れてみる。
ばっと顔をあげて、頬を染める奈良原がかわいくて。
年が離れすぎているせいも、きっとあるかもしれないんだけど。
藤倉君を想っていたあの頃のような激情とは違って、どこか心優しくて、それでいてじわりじわりと自分を押しやっていくような欲望は、知らないうちに膨れ上がり、奈良原が愛しいと思えば愛しいと思うほど自分の内側で肥えていく。
「…付き合って、何ヶ月だったかな、奈良原君?」
「…4ヶ月、です」
「髪に触れただけでそんな顔をするなよ」
「だって…」
「子供じゃあるまいし。想像だってしたことくらいあるだろ」
「〜んで、んなこと、言うかな…樋口さん…」
なんという無垢で初心な反応だろうか。
それが計算だとしたら、算段に俺ははまってしまっていることになるのだろうけれど。
きっと、天然なんだ、この子は。