小説【劇団実験ピストル病院】

□ 【第一幕】邂逅3
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咲子はデスクでうなだれている。
チョコパイは一袋完食し、両手をデスクいっぱいに伸ばして机上に突っ伏していた。
「胃もたれ起こしますよ」
寺森が湯飲みをデスクにおいていく。緑茶からは湯気がたっていた。
「社長には、コーヒー置いておきますね」
咲子には冷たいものの言い方をするくせに、史希には営業マンよろしくな笑顔である。
社長は咲子のデスクの前の丸椅子に座り、足を組んでいた。
本来の彼の席はここではない。
「ありがとう、寺森」
聖母のような顔で微笑むと、史希は咲子に向き直る。
デスクから西が提出した予算概要が落ちかけている。
「ごぉーめぇーんなさぁーいぃー」
間延びした声で咲子は突っ伏したまま、誰に言うでもなく、くぐもった声をあげる。
「どうせ自分で尻拭いできないんなら最初からやるなとか、言うんでしょ」
咲子は不貞腐れたように口を尖らせ、ごろんと頭を横に向けて言った。
「言ってないよ」
史希は笑った。目が笑っていない。
「言うんでしょー」
「わかってんなら最初から?」
「…やらない」
「よし、いい子だ」
史希は大きくて骨ばった手を咲子の頭にのせると、ぽんぽんと軽く撫でた。
オフィスでは久々の社長の到来にだれもが浮き足立っている。
緊張している者もいれば、興味ありげに耳を澄ましている者もいた。
寺森と西は役員会を通じて何度も顔をあわせている仲なので、淡々と仕事をこなしている。
「電話してくれてよかったよ。恩田君に久々に会えたしね。それにしてもいい男になったね、彼は。幼いときからちょっと女顔で綺麗な顔してたけど、男らしさに磨きがかかって、吉良君とはまた違った二枚目だ。売れたらメディアがほっとかないだろうね」
「…なんせ掘り出し物ですから」
「君の目は確かだ。向上心もあるし、食らいついてくる力も持ってそうだったよ。叱られてもけろっとしてるほうが、それはそれでタチが悪い。同じこと繰り返しかねないからね」
「…なんでそこまでわかるかな。ノイズでは一介の研究所長のクセに…」
「じゃあラボの社長は君がやるかい?」
「…やーだぁー」
ほらね、と史希は笑って嘆息した。
咲子に社長業を譲与したい史希だが、咲子がそれを拒んでいるのはオフィス・ラボの役員らの中では知れ渡っている話である。
「てゆうか、社長室に行きなよ、史希さん。そこは寺森席ですよ」
「てゆうか、その社長室を仮眠室にしてるのは誰ですか、咲子さん」
「…社長のデスクは散らかしてないもん」
「それ以外は咲子の部屋状態になってるだろう?」
「相変わらずいやみー」
「相変わらずああ言えばこう言うね」
「前からでしょー。知ってるでしょー」
史希はあしらうように笑って言葉を次いでくる。
咲子は口をますます尖らせていた。

「ほんとに夫婦なんですよね…、あの二人」
怪訝そうな顔をしてパソコンを叩いていた奈良原がこっそりと言い、「まるで猛獣使いを見ているようですよね。あの咲子さんを手なづけられるんだから」と西が声を殺し腹を抱えて爆笑している。
「いつもあんな感じですよ」
寺森が眼鏡を持ち上げて言った。
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