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□ミッション、下克上
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「ただいま」
 時刻は七時半すぎ。夏が近くなったこの時期、気温も下がらず窓の外もまだうっすらと日の明りが残っている。雲雀は着ていたジャケットを脱ぐとリビングにいる骸を探す。
「おかえりなさい。夕飯も食べられますけど、先におふろにしますか?」
いたっていつもどおりにふるまう骸。雲雀も特に気に掛けず、ネクタイをゆるめながら答えを返す。
「いや、できてるなら先に食べる」
 冷めたらもったいないからと、夕飯を作ってくれた骸に気を使っているあたり、もうすっかりダンナが板に付いている。部屋着に着替えるからと雲雀が自室に消えると、骸の瞳がキラリと光る。
――クフフフ…きっと気付かないんでしょうねぇ…
 昼間、掃除をした時に雲雀の部屋に仕込んだもの。それは、お香だった。雲雀がいつも炊いている香炉の中にわずかだが、しばらく嗅いでいると精神を高揚させる効果のあるものを混ぜたのだ。それ自体は無臭だし、何よりすぐに効果が出るわけではないので雲雀が気づくとこは、まだないと骸は踏んでいた。
「ちょっと。なに鍋かき混ぜながらにやけてるの」
 気持わるいよ、と声をかけられ驚いて振り返ると、いつの間に戻ってきたのか着物に着替えた雲雀がリビングのカウンター越しにこちらをじっと見ていた。
「あ!いや、なんでもないです。それより、これ運んでください」
「その前に、香炉だけど今日なんかした?」
――ええええっ?!き、気付かれた?
「いえ?いつ通り掃除しただけですが…」
 内心、心臓が口から飛び出そうなくらいバクバクしているのを感じながら、骸は得意のポーカーフェイスでそれを隠して答える。
「ならいいけど。なんか香炉が焦げくさくてね。埃でも入ったかな」
「そうですよ。きっと。ああ、今日はクローゼットの上もちょっと掃除しましたから、落ちてきたんじゃないですかね?」
 必死に平静を保ちながらそれだけ言うと、料理の盛られた大皿を雲雀に渡す。もともとあまり物事にこだわらない雲雀は、言いたいことだけ言うとすっきりしたようで、渡されるがままテーブルのセッティングをしていく。
――なんなんですか、あれは…。あひるの野生の感も侮れませんね
 自分の隠ぺい工作が甘かったなどということは露ほども考えず、骸は雲雀の直感にも気をつけなければと思いながら準備の整った夕飯の席についた。
「さあ食べましょうか」
「さっきから気になってたんだけど、なんでレバニラ?」
 大皿に盛られたいつもより多めに作られた料理を自分の皿に取り分けながら問う雲雀。暑いと言ってもまだ5月。上がっても気温は二〇度ちょっとだ。夏バテ対策にはいささかまだ早い。
「気分ですよ。気分」
 これは予想通りの突っ込み、と爽やかにかわすと、骸は自分とお揃いの雲雀のグラスにビールを注ぐ。
「乾杯がまだですよ?」
 ちょっとだけいつもより機嫌がよさげな骸の様子をいぶかしみつつも、雲雀はグラスを掲げた。
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