ブログ小話 バトン

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真冬の蛍

【Hizikata×Enomoto】


雪は既に解け始めたが、まだ外を歩くには上着を着ようと思う
そんな少し肌寒い夜─…

吐く息と煙草から上がる一筋の煙を歪め
頬を撫でる夜風は予想通りに冷えていた


気分転換にも最適な土方お気に入りの場所である太鼓楼
昼間に聞こえていた兵士達の声は無く
空に浮かぶ月からの月光と壁に掛けられた蝋燭
門前に灯る火が揺れていた
そしてその奥には、幾つもの屋敷が並び明かりが付いている


確か、アレか…?

屋敷に灯る明かりを眺めているうちに自然と目では
榎本の私宅を探す

奉行所内に居るのか
目線の先に映る私宅に居るのかはわからないが
屋敷にはどの部屋にも明かりは無く
辺りの明かりを頼りに目を凝らさなければ確認出来ない

こんな時間だし、もう寝てる…か

ポケットから懐中時計を取りだして見ると2時をまわっていた

草木も眠る丑三つ時に起きているのは下の部屋に居る大鳥と自分
それと、前方の私宅に明かりが灯っている松平か…

それより、また寝酒しているのか
飲み歩いているのか
飲みだすと止まらないザルだから、ちゃんとベットで寝ているのか怪しい…。

榎本の事を考え出すと切りが無く、気にし出すと止まれない性故に頭を抱える








「コラ!」

聞き慣れた声に、吹き抜けになっている階段下を覗くと段差を駆け上がる音がした

「榎本さ―……」

そして次の瞬間には
早速腕の中に飛び込んでくる温もりを、咄嗟に受け入れた

「何やってんだ…?」

「サボり現場を見付けたから注意しようと思ってね」

上目遣いで見詰めてくる顔には悪戯っ子の様な笑みを浮かべている

「俺は休憩中だ。アンタと一緒にすんな」

その表情が酷く愛しく思い

ついからかう様な事を言うと、期待通りに頬を脹らませながら小さな手でトンと胸板を叩かれた



「よく分かったな此所が」

「向こうでコレが見えたから戻って来ちゃった」

向こうと指を指す方向は土方が眺めていた屋敷方面で、次にコレと目線に映すのは土方の煙草

太鼓楼から屋敷が見える様に、榎本の屋敷からも奉行所の灯りは見え
榎本は寝る為に部屋の灯り消した際
太鼓楼に微かに灯る光を見付けた

そこを土方が一服する時に用いるお気に入りの場所としているのは知っていて
寝間着のまま堪らず奉行所へ戻って来た

「いつも蛍みたいに見えるんだよ」

「蛍?」

「薄暗い中に一つだけ浮いてる様に光ってるから蛍みたいなの」

土方の持つ煙草の一点の灯りが闇に浮かぶ様は
まるで蛍のように見えるのだ

榎本の楽しそうな笑みに見惚れたのも一瞬

「蛍か…」

呟きながら土方の口元は、悪巧みを思い付いた悪役の様に歪められてゆく

「…蛍かもしれねぇな」

「冬に蛍はいないよ」

榎本は残念なことに土方の思考は読めず
口端を吊り上げた表情にも気付けず
ただの冗談と受け取めクスクスと笑っている

「蛍ってのは雌を口説く為に光ってんだぜ」

「知ってるよ」

土方は自分が羽織っていた上着を寝間着の榎本に被せ
それごと己の腕の中に納めた

「なら、その光にまんまと誘われて来やがったアンタの期待に答えてやンねぇとな」

「ち、違う!そんな意味で言ったんじゃないよ!期待なんかして無いッ」

土方の考えている事を漸く理解し
身の危険を本能的に感知した榎本は顔中を赤く染め抵抗したが
羽交い締めの様に納められれば、元から小柄な榎本に逃げ場は無い


「観念しろ。蛍め」

「土方君は蛍って感じより、蟷螂か蜘蛛だよ…」

青筋を浮かべ身を捩る榎本を、手荷物の様に軽々と小脇に抱えた
その迅速な動きは宛ら蛍の様な、幻想的なイメージを持つ昆虫より

餓えた肉食昆虫がお似合いだ




「いいや、ちゃんと蛍らしい事したじゃねぇか」

「蛍らしい事?」






「俺はこっからテメェの事を考えてた…」




それを呟く声は聞き取るのが困難な程に小さかった

榎本の屋敷を煙草に火を灯しながら此所から想いを巡らせ眺める様は
まるで蛍が明かりを灯し、別の蛍が誘われる様にして来るのを待ち望むかの如く

そしてその蛍火に気付き誘われ、導かれたのが榎本だ





小脇に抱えられた榎本が見上げると、土方の顔が仄かに赤らめているのが見えた

そして榎本までもが顔を赤くする様は



顔の赤い源氏蛍……










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