箱館novel log

□私をイクサに連れてって
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鷲ノ木で陸軍上陸作業が着々と進められている最中、
開陽の甲板でキンキンな声が響いていた

「先生!お願いします!!」

「ダメだっつってンだろうが。いい加減にしろよ」

「先生ぇ!私なら平気です!どうか!!」

先生、先生と玉置と田村が交互に声を張り上げている。二人が言う先生は土方の他ならないが、
その土方は、声変わりもまだの甲高い声が耳に響くのか片方の耳を小指で押さえ、聞かないと示し。
サイドから縋る二人と顔を合わせまいと明後日の方を向いている。
そこへ榎本が歩み寄った

「どうかした?」

「騒がせて悪ィな。ホラ、テメェらが喚くと迷惑だ。分かったなら大人しくしとけ」

榎本は注意しに来た訳でも無く、何も分からないが、
玉置が顔をシュンと伏せて、ごめんなさい。をした。
榎本は穏やかに笑って玉置の頭に手を置いて撫でる

「なんしたの?玉置くん寝てなくていいの?」

「大丈夫です!代表まで私を病人扱いしないで下さい!!それに、代表にお気を遣って頂くなんて私には勿体無いですから!」

「先生、玉がこう言ってんだから絶対に大丈夫です!だから俺らも一緒に連れてって下さいっ!お願いですからーっ!!」

「先生ぇーーっ!!」

随分と立派な事を言う玉置も田村も地団駄を踏みながら土方のコートの裾を引っ張り左右にブンブン振る。
そこら辺の仕草が、本当に駄々っ子で榎本はつい噴き出してしまった。

体調が思わしく無い玉置に箱館までの峠越えは厳しいだろうと判断した土方。
そして前線に出せる訳も無い田村も付き添いとして、海路で行けと開陽の榎本へ預ける事にしたのだが、
どうやら二人は素直に納得出来ないようだ。

「俺はもう大人です!」

「あーハイハイ。ガキ扱いしてるわけじゃねぇよ」

ムキになり始めた田村は、普段は気を付けて土方には“僕”と可愛気を見せてるが、その余裕を無くした。
しかし土方はそんな事を気付きもせず、田村の反論をポンポン頭を叩いて宥めながら素っ気なく諭す。
土方も言動と行動が、イマイチ一致していない親バカだ。
そして横から玉置も声を精一杯張り上げ訴えた

「小姓なんだから、如何なる時でも先生と共にあるのが当たり前です!」

「だから鉄は連れてく。その代わり、前線に出す訳でもねぇし。雑用だぞ」

「それでも先生と一緒じゃないですかっ!」

結局、二人は取り敢えず土方と居たいのだ。

「雑用に鉄が行くなら俺はそれ以上に先陣でお役に立ってみせます!」

「バーロー、人を斬った事も無ぇヤツが生意気言うなっ!」

「あ、ごめん。私もソレは無いや」

思わず口を挟んでしまった榎本。
土方は尖った目付きのまま榎本を、口を挟むンじゃね…と、睨み。
慌てて榎本は口を閉じたが、すかさず田村が突っ込んだ

「代表のように人を殺めずとも立派な御勤めが有るじゃないですか!俺達だって行けば何かは出来る筈です!!」

「おまッ、榎本さんと比べるなアホ!!なんもねぇって言ってるだろうがっ!」

「伝習隊だって額兵隊だって、私達と幾歳も代わらない方が立派にお役目を果たしてるじゃないですか!」

玉置の確かな正論に土方は一瞬、怯んでしまった。

「とにかく、お前らは船だ。連れて行かん」

「先生!ただ俺達は“まだ”前線に立たせて頂いて無いだけです!」

「どこに居ても攻撃される時は攻撃されます!死ぬときは死にます!」

それもそうだ。と、榎本もこっそり納得してしまう。
土方は前髪を握り盛大に溜め息を吐き出した

「先生はやっぱり俺をガキ扱いしてるだけです!」

「私を病人扱いしないで下さい!」

「榎本代表からも先生に仰って下さいよ!」

「お願いします!」

土方にベッタリひっ付いて二人は言い切る。
土方がダメの断固一点張りだと見極め、二人は榎本に的を絞ったようだ

「先生と一緒で無いと俺達が蝦夷に来た意味がありません!」

「私達は死ぬときは先生のお側と決めてるんです!どうか下船させて下さい!」

もう頼みの綱と大きい目に一杯涙を溜めて捨て犬の如く助けを求め榎本を見るもんだから、榎本は笑い。
うんうんと頷く

「君達の忠誠心は見上げたよ。さすが大したモノだね」

「分かって頂けましたか!それなら…」

田村はパァ…と顔を明らめたが、
榎本はただし、と続けた

「君達は何か、勘違いしてないかな?」

「え?…勘違い?」

田村と玉置が互いに顔を見合わせる。

「開陽はいま修理中でね。機関方は手一杯だし、船員の仕事配分に誤差が出来たから二人を手伝いにって、土方くんに頼んだわけだよ」

「手伝い?俺たち、海軍の仕事なんて無理ですよ!」

「そんな見張りとか何だのって…」

「しゃらくせぇっっ!!」

榎本は怒鳴った。
しかも、さっきの土方より声が大きいから二人は咄嗟に土方を掴む手を強張らせた

「天気の見分けも出来ねぇのに見張りが勤まるかぇ?!船に上がっただけで縄一本触れると思ったらお門違いってンだ!海はそんな甘いモンじゃねぇっ!!」

力説する榎本に二人はもう涙も引っ込んでしまった。
そして土方は顔を俯かせて腹を抱え、どうにか必死に笑を圧し殺している。

榎本はキョトンな二人を構う事なく小さく咳払いをし。近くで作業していた水夫を呼び寄せた

「予定通り、まずは船内の掃除からこの二人に教えてあげて」

「「えぇーーーっ?!」」

口々に抗議を再開した二人に榎本は再び一喝。

「べらんめぇ。ガキでも病人でも無い人を黙ってただ乗せとく余裕はここに無いんでね。喚く労力があるならさっさと掃除しに行く。おあいにくさま、なんせ廊下も長いから」

およそ全長70mはあるのだ。二人は呆気に取られたと言うより、榎本の変貌にも付いていけてない

「昼前には全て終わらせるように。それと土方くん、文句言うなら拳固してでも黙らせていいよね?」

「あぁ、そうしてくれ」

「じゃあ君も気を付けて」

土方に言い残し。まだ抵抗を諦めていない二人を尻目に、手を振り榎本は船内へ戻って行ってしまった

そして土方は離してくれそうも無い二人の頭を少し乱暴に撫で回しながら、喉を鳴らして笑う

「テメェらが簡単に死ぬなんざ言うからだろうが。あの人はここに居る奴が誰一人も死なないよう常に考えてる立場だ。お前らが絶対ぇ死なねぇように、降ろすわけねぇよ」

最後にポンポンと二回叩いて、後で謝りに行けよ。と二人に付け足した

「ココじゃガキ扱いも病人扱いもされねぇそうだ。良かったな。しっかり励め」

「「そんなーーっ!!」」

土方は言い残し水兵に猫首を掴まれ船内へ連れ去られてく2人を見送った






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