箱館novel log

□午後2時の片隅
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俺には2人の兄が居る。
その兄達と俺は少し歳が離れていて、
俺が物心付いた頃には既に自分達の生きる道を見つけ、家を出て信念を突き通していった。
兄達はとても出来た人達で。瞬く間に出世し、立派な地位と名誉を確立。
そして今じゃ此処に居る人達で知らない奴は居ないだろう有名人だ。
兄達のその姿は幼心にも格別に格好良く見えて昔から憧れだったし、俺の自慢で誇り。

ただ、そんな有名人の肉親とは何かと面倒が多々あるモノで、
兄弟となるとまず周りから期待されたり比較されたりするわけだ。
いや、比べるのも滑稽かと思う。俺が言うのもなんだが…
人並み以上に優れている兄達より能力は乏しく。
況してや、何か大それた事を先立ってやろう等と意地も無く。
さぞや周囲から見れば俺は最適の比較対象なのだろう。と卑屈にもなる

それでも俺は俺なりに、
平隊士だけども、信念を持って戦って、自分の意志を貫こうとここまで来た。
兄達が他人の目にどれほど秀でた人間に映ろうが、
俺は、俺。

しかし、更に自分で言うのもなんだが…思春期とかにもなると、
そんな些細な強がりや虚栄心は、直ぐに不安定に揺らぐ。

余りにも高過ぎる目標を追い抜こうなどの意地は持ち合わせていなくても、
俺なりの見栄で、少しでも近くで着いていこうと必死に兄達を追い掛けてみた訳だが。
しかし、それを兄達は、疎ましいと思ってはいないだろうか…?
同じ血が流れているのに、優秀でも無い俺を恥じてはいないだろうか?
足手纏いや邪魔だと感じているかもしれない。
俺は俺だと、自分では見切りをつけているけれど、
兄達はどう思っているかなど、分からない。分かる筈も無い。

その答えを知るのが怖くて直接問い質そうともしない臆病な俺は、
兄達が優しい事を知っている。

兄達は仮に俺を疎ましいと思っていても、そんな事を言うような人達でもないし。兄達の優しさが偽りのようにはとても思えない。
俺の信念を信じて、きっと俺の事を認めてくれている

兄2人の歳は近く昔から仲が良くて、歳の離れている俺は浮いた存在だけれど、
もちろん兄達に悪気も責任も無いし、俺を輪に快く加えてくれる。
俺は、そんな兄達が好きで。その優しさを知っていて、甘えている。



だが、まぁ…、そんな事をもう幾度か考えて、手前勝手な疎外感まで抱いていると、兄達の前じゃ上手く笑えそうも無くて。
こうして兄に付き添い五稜郭の本営に来てみても、
俺は散歩と表し、兄と離れて外堀の側で黄昏てみたりしている。

この蝦夷は、ホントに何処も真っ白く寒いばかりで味気無い場所だ。
俺の持ち場である部所の鷲ノ木って小さな漁村も、この五稜郭より海と山が近いだけで景色も一色単だが…



「危ないっ!」

「え、」

と、思った瞬間に物凄い勢いで俺の背後に何かが当たって、体勢が傾き掘りに落ちるっ
かと思ったが、グラッと視点が反転し雪の地面に後頭部からひっくり返った


「わっ、な、っ、!?」

直ぐに状態を起こすと、俺の真横に同じく雪に(しかも顔面から)埋っている人が

一体、何がどうしたんだ。
座り込むと肩下まで埋った深い雪の中で軽く錯乱状態になっていると、
顔面から埋もれている男も顔を雪から上げて直ぐ俺を見た。
その雪まみれの顔は、歳が俺の兄達より少し上か同様くらいで…雪を拭った顔は、かなり美形さんだ。

「君、早まるんじゃない!この下に落ちても死ねないと思うよ。氷が分厚いから君一人くらいじゃ簡単に割れ無いだろうし」

「え?…あの、俺、別に落ちようとは…」

してませんけど?と告げながら、・・・どっかで見たことある顔だな。なんて一瞬頭に過った。
いや、箱館駐屯ではない俺は他の隊の人なんて殆ど知らないのだけれど。
因みに、兄達も肉親の欲目じゃなくて容姿は良いと評判だ。諸隊長格も更にその上の人達も、すこぶる整っていると話しは数多く聞く。
俺なんかは総裁など遠巻きでしかお目見えした事ないけど、確かに典型的な男前だった気がする。
そして、ここに居ると言うことは味方で間違いないく。俺と似たような外套を羽織っているから、美形と言っても特別肩書きが有りそうでも無いような…
いや、けして見掛けで判断する事ではないけれども。うん

それよりも、俺が掘りに落ちようとしてたって…?
と言うか、背後から捕まえられた勢い余ったお陰で落とされそうになったんですけどね。言えないけど。
俺って兄弟が多い所為か人見知りはしない質だし。初対面の人には愛想良くが基本。

さっそく相手は勘違いだと気付いたらしく、言葉を失ってしまった様子

「そ、そそうかっ!…いや、てっきり。こちらこそ申し訳なかったね」

「いえ、少し近付き過ぎました。滑ると危ないですよね。すみません」

容姿が整っていると何をしても様になると言うのはあながち間違いじゃなさそうだ。
眉を八の字にして苦笑いを浮かべる顔はこの人の物腰の柔らかさが滲み出ている。印象はまさに穏やかで優しそうな人。
軍人にそれは褒め言葉では無いかもしれないが


「俺、いま飛び込みそうな顔してましたか?」

そんなに思い詰めたような顔をしてたのだろうか。
アハハと笑って気丈に聞くと、相手の穏やかな微笑とも見える苦笑いが深まっただけだった。
だから俺も更に笑い返し、冗談めいて言う

「ちょっと考え事をしてたんです。思春期ですから」

「では邪魔をしてしまったかな?」

「いいや、そろそろ寒くなって来たし。戻ろうと思ってたので」

立ち上がり、雪まみれな外套を払う。
兄に見つかるまでに乾かさないと怒られそうだ。厳しい人と言うより、過保護なんだよなアレは。

「俺の兄が医者をしてまして、掘りに落ちたとなったら顔向け出来ませんよ。だから助かりました」

「医者か。それでは、命を棄てたりなんてしないな」

「はい。そりゃもう昔から大切さも尊さも言い聞かされております」

俺の兄の一人は、
病院掛頭取を担う仏国帰りの医者。
そして方やもう一人は、
衝鋒隊隊長で多くの戦歴を持つ軍人だ。

相手も立ってパンパンと裾を叩き俺にもう一度温かい笑みを見せてきた

「とにかく、私の勘違いでよかったよ。えー…と…」

「衝鋒隊所属の、六郎と申します」

「では六郎くん。またいずれ、逢えるといいね」

「ええ、是非とも。まぁ、こんな時にもなんですが」

「きっと逢えるさ。君がその兄上の仰る通り、命を粗末にしなければ」

こんな時代。それは簡単なようで、とてつもなく難しい事と、嫌と言うほど思い知らされてきたが、
何故かこの人の言葉になると、兄同様に説得力があると思えた

「私には弟が居てね。その手前、私も簡単には死ねないからな」

「そうですか…」

それじゃあまた。と、出された右手に俺も手を重ね。
握手を交わした。


…いや、アレ?
ごく自然と握手をしたが、こんな挨拶、俺は西洋学に長けた兄達の受け売りだ。
この人も洋学に精通しているのだろうか…?
まぁ、兄達も含めてここには洋式兵法を学ぶ人達が殆どだから不思議な事でも無いか…


で、握手をして相手は直ぐに行ってしまった。
どこの隊だとか名前も聞かず仕舞いだったけど、
いつかまた逢えるかもしれないのなら、それもいいや

握った掌は温かかった。
そして、いつも俺の頭を撫でて、手を引いてくれた兄達の手を思い出した。
俺には、唯一の温かい居場所があると思い起こされたようだ。

それが例え弱気な俺の甘えでも、不甲斐ない事でも、今はまだ救われる。

この蝦夷は、とても白く寒いだけの場所だから





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俺…古屋&高松先生の末っ子の六郎さん。
相手…総裁の兄勇之助(武与)さんです。
駐屯地も何一つ接点無いけど、2人が一緒の所を書いてみたかった(笑)




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