箱館novel log

□古今東西お雑煮事情
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「だーかーらっ!この地球儀をよく見てから、モノを言ってくれないかな?」

榎本は真面目な顔付きで、地球儀の、
その中でも人差し指ほど細長く小さな島国この日の本の、最北端である現在地、
蝦夷をビシッと示した

「この蝦夷は最北端でありながら、日の本の中心国土からすれば東側にある訳だよ」

「ちょい待ちや釜さん!」

こちらも至極、真剣さを装い声を張上げるのは大鳥だ

「それは江戸や京の都を拠点とし日の本を東西二つに分けた場合の話だろ!今や、この蝦夷ヶ島を一国家として樹立させたんは釜さん本人!此処こそを、中央と見たうえでモノを考えるべきじゃないのか!?」

「だからと言って、西側の法則を採り入れる事には繋がらないね!」

「それは東側も同じだろ!じぶん江戸っ子や言うて上方風が気に食わんだけやっ」


「だって、白味噌の雑煮って、ソレ味噌汁じゃん」

「アホかーーーーっ!!!雑煮は白味噌に丸餅が定番じゃボケェエ!江戸のすまし汁かて単なるお吸い物と区別付かんわっ!!」

何を隠そう現在この2人が白熱しながら話し合っているのは、国事でも軍事でも無い。
我が国特有の縁起物として正月に欠かす事の出来ないお雑煮についてである。


「お吸い物だァ?そんなこと言って良いのかな?大鳥くん」

榎本は芝居掛かったように鼻を鳴らして口許に弧を描き大鳥を見据えた

「大阪じゃ、1日には白味噌仕立ての丸餅を煮た雑煮を作るけど。2日目には、すまし雑煮を食べるって…ホントかな?」

「ッ…、無駄に豊富なその蘊蓄…流石やな」

ギリッと大鳥はこれ見よがしに苦虫を噛み潰す。

何分、榎本は生まれも育ちも下町な生粋の江戸っ子であり。
大鳥は大阪暮らしが長いうえに出生は播磨の赤穂だ。
真っ二つに東西で意見が対立し、一触即発な事態を引き起こしている。
そもそも、ここに集う旧幕臣達は日本全国津々浦々からの寄せ集め集団。
雑煮のように地方各々で特色ある文化がハッキリと別れている物は、揉めて当然である。
そして、日本全土からすれば未だ和人の独自文化発展には乏しい蝦夷ヶ島。
この地で雑煮を食べるとすれば、如何様にすべきか。
生真面目にも真剣に、榎本と大鳥は白熱した議論を展開させている。

ただ、休戦最中とは言え確かに戦時中であり。
況してや遂に年を越したとあれば、迫り来る雪解けにうかうかしていられ無いと鬼気迫るモノだろうから、
正月から御目出度いと言えば、御目出度い議題だ。

やはり度肝が人並み外れたものなのだろうか、ソレとも本当に御目出度い奴らなだけか…、
と、客観に徹している土方は、細やかながらそれなりに用意されたお節の栗きんとんを摘みながら思った

「では、すまし汁で良いのでは?だいたい各自に行き渡る量が必要なんですから、ここで相場の安い昆布や魚介仕立てにする他は無いでしょう」

松前漬をアテに日本酒を傾ける松平が、あっさり結論を述べた。
その松平の横でソファーに座っている大鳥は恨みがましく横目を向けつつ押し黙る

「土方くんはどうする?」

隣から榎本に意見を求められたが、
ここで、どっちでもいーだろ。とか、もう結論出たじゃねぇか。とか、他人行儀な事を言うと睨まれるのは見え透いているし。
土方も、江戸風のすまし汁仕立ての雑煮育ちな故に異論は無かった

「すましで」

土方は一言で片付ける。
そして、もうこの話題には興味無いと引続き三段重の角の栗きんとん制覇に勤しむ。
その時、賑やかに部屋の扉が開かれ随分と甲高い声が響く

「失礼しまーす!」

「そーさーいっ!」

「土方先生ーっ!出掛けるお時間でーす!」

健やかな笑顔で入って来たのは玉置と田村と市村だ。

「来る頃だと思った」

榎本は椅子から腰を上げ、脇に用意していた上着に袖を通した。
本日は街の要所となっている大棚の商家から、桑名を始めとした各大名へ挨拶をして廻る予定で。
それと一緒に市中取り締まり役新選組は仕事初めとなる。そこで、土方が自ら隊を率いて巡邏を行うのだ。

3人は入って来て早々、キチンとまずは榎本に新年の挨拶を行う。
そして丁寧に下げられた頭を撫でて榎本は松平へ目配せした

「タロちゃん」

「はいはい、コレは総裁からだ」

松平は3人に一つづつ小さな包み、お年玉を渡した。

「ありがとーございます!」

「まぁ、そんなに期待しないでね。大したモノじゃないから」

揃って勢いよく頭を深く下げられて榎本は苦笑する。
勘定方が居るものの実質政府の財布を掌握している松平に、経費でそれなりの融通を宜しく。
と、任せてしまったから実は中身を知らないのだ

「すまねぇな。ほら、お礼に伊達巻やるよ」

それを知ってか知らずか土方は頭を下げる代わりに、箸で伊達巻を一つ摘まんで榎本に差し出した。
コレ、お礼?と榎本は考えたが、素直に箸先の伊達巻を一口で頬張った

「…ったく…早く行ったらどうだ2人とも。皆揃ってるんじゃないか?」

「言われなくても行くっての。なに僻んでンだよ大鳥さん」

「誰が僻むかっ!?」

喉の奥で笑う土方に、大鳥は銚子をテーブルに叩き付けて、指先でニシンの昆布巻を摘み口へ放り込んだ

「榎本さん、丁サへ行くなら佐野殿に聞いてみたらどうですか?蝦夷の雑煮について」

郷に入っては郷に従う。と、松平。
それもそうだ。榎本は伊達巻を全部喉の奥に流して頷いた

丁サの佐野とは土方が休息所を間借りしている当地の豪商。箱館政権にとっては大事なパトロンである。



で、海鮮問屋の萬屋に出向いた榎本と土方は聞いてみた。
すると店主佐野専左衛門は、待ってましたとばかりに雑煮を振る舞いたいと申し出て。2人に説明した

「我が専左衛門は箱館以前より代々東蝦夷(現;太平洋側道東圏)のシツナイ(静内)にて場所請負人をしてまして、サケの売買が盛んでしたから。この通り、雑煮はサケが主流ですな」

出汁はもちろん特産の昆布ですまし仕立ての雑煮だが、主人公の餅を差し置いて目立つのはゴロゴロ入る鮭の切り身。
淡い桃色の鮭の色合いに、きざみ葱などの青に加えて少しトッピングされるイクラの赤が華やかで、
見た目は何とも御目出度い派手な色鮮さである。

「…これ、石狩汁ってヤツとどこが違─…」

土方が咄嗟に榎本を肘で小突いて制止させた。
直感的に、何か余計な事を言う気がしたからだ。
そして首を捻る佐野へ土方が愛想笑い

「有り難く馳走になります」

「ぜひ政府の皆様にも私からサケを祝いに幾尾か上納させて下さい。弁天岬の台場へ贈らせます」

「それは忝ない。頂戴します」

丁重に礼を述べて榎本にも頭を下げさせる土方。佐野は豪傑に笑った。


こうして共和国の細やかな正月賄いの雑煮は、東西どちらでも無い蝦夷風に決まったのだった。

ただ最後に萬屋を辞す時、見送りに来た女将が2人へ微笑み

「ここは古今東西から人が集まる街ですし。雑煮も人それぞれ、先祖の御国の通りにしてる方が多いので、決まった物は一つも無いんですよ」

と教えられた。

それを大鳥や他の奴等に知られたら、絶対に殊更また揉め始めるに違いない。
土方と榎本は顔を見合わせ苦笑し、その事実は胸に秘めておく事にした






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