箱館novel log
□これから、
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苛つくから少し呑みたい。と榎本が青葉城を出た時に大鳥に言い出して、荒井と土方を巻き込み小さな飲み会が開催された。
土方は昔馴染みに遠慮して…と言うか、本音を言えば宿舎に戻って早く休みたかったのだが、大鳥と榎本の誘いに根負けして着いて来たのだ
最初こそは、その榎本が言う苛々についての話し…仙台藩ほか奥羽諸藩と行き詰まった議論の話し。だった気がする。
それが、途中から榎本が留学先での思い出話を嬉々として語り始め、大鳥も喜んで盛上がり。
今や二人は英語だか仏語だかを交えて、酒を酌み交わしながら大声で熱く語り合っている。
到底、土方には理解の出来ない世界だ。
と言うよりも、二人の会話を理解出来るような人間の方が日本中探しても少ないだろうと思うくらいだ。
それに、その英語だか仏語だかが、こうも身近に有る事が未だに慣れないし。
こう身近に感じるとは、かつて思いも寄らなかった。
更に言えば、酔っ払い二人と話しが通じる分類の方の人間だろうが加わる訳でも無く同じく傍観に徹して隣に座る荒井など、
畑違いな人間とこうして居るのも不思議なモノだ。
此れから先、榎本の頭の中では海を渡った更に北へ行くなど構想が既に出来ているようで。
此れからは荒井を筆頭に海軍とも戦友として共に肩を並べるのだから、
まずは、こんな機会も満更じゃないかもしれない。
と土方は思った
「荒井さん、アンタは呑まないのか?」
土方は最初に榎本が注いだ銚子一杯をちびちびと減らす事に専念し。
隣の荒井は始めから酒の変わりにお茶を飲んでいるばかりで、腹でも減ってるのかひたすら物を食べている
「私は、粕漬けでもダメでしてね」
「漬物で酔うのか…?」
土方は下戸だが、弱い体質なだけで銚子一杯くらいの付き合い程度なら口にしても殆んど支障は無い。
しかし漬物で酔うとは相当なモノだ。酒精を一切受け付けないのだろう。
さっきから更に騒々しい酒豪二人と下戸二人で土方としては居心地が悪い訳じゃないが、
目の前で次々と酒瓶を転がしてく二人に、土方と違い荒井は返事一つで着いて来たのだから随分と付き合いの良い男らしい
「じゃあ、こんな時は介抱役に回されるだろ」
「昔からよくありましたね。特に大鳥さんですよ、この場合は」
「あー…だろうな」
遠巻きの此方からでも顔色一つ変えていない榎本に比べると大鳥の顔は赤い。
半端ない量の酒を飲み続けているのだから当然だろう。どうやら榎本が尋常じゃ無いようだ。
因みに土方は酔っ払いは捨て置く質だ。
だから最終的には荒井が何とかするだろう事が分かって、二人の酒盛りに呆れても止めようとは思わない。
下戸から見なくても、よく呑めるな。と思うような酒瓶の数に土方は眺めただけで酔いそうで、
半分ほど減った銚子の攻略を放棄し。石巻の近海で獲れた魚介を楽しむ事にした
荒井は自分の分の膳の料理を全て綺麗に平らげ。手を合わせ、ごちそうさま。をすると
自分の背後に置いていた大きめの荷物を手にし。お膳の横に出した
「気になってたんだが、その風呂敷なに入ってンだ?」
「さっき、船員が店までわざわざ届けに来てくれた差し入れなんですが。よければ土方さんも一つどうです?」
そう言って、風呂敷を開いた中から現れたのは大量の饅頭だった。
土方は思わず貝柱の煮付けを摘まんだ箸を口の前で止めてしまった。
そして待ち構え開いていた口が塞がらない
「…いや、俺は甘いもんが少し苦手で…肴で充分だ」
「そうですか」
「その、饅頭が好きなのか?つーか、そんなに食うのか…?」
「基本、甘いものであれば何でも構いませんよ。土方さんが要らないと言うから、全て私が食べる事になりましたね」
「いま飯食ってただろ…、よく入るな」
「せめて飯を食べろと日頃から口煩い部下が居るもので義務付けられていて…。甘いものは幾らでも食べれますから問題はありませんよ」
「そうか…上司思いな部下だな」
何をどう言って解釈すればいいのか、土方は取り合えず店まで饅頭を届けに来たと言う船員やら海軍を褒めてみた。
荒井はさっそくまた手を合わせて、いただきます。を始め。ふた口で饅頭を頬張り顔を綻ばせる。
至極、至福を噛み締めているようだ。
下戸は甘党が多いと言うが、手を止める事なくみるみる食べ進める饅頭の量を見ると、荒井は極端過ぎる甘党らしい
荒井を眺めていても胸焼けしそうで、土方は思わず目を逸らす。
そして直ぐだった
「ゔ…。」
と、荒井が唸りだし。
土方はビックリして、前のめりに踞った荒井へ湯飲みを掴んで出した
「喉に詰まったか?やっぱ食い過ぎじゃね?」
「…どうやら、少し酔ったようで…」
「酒の臭いにか?それとも漬物で?」
「いや…陸に。」
「はぁ!?陸酔い…?!」
マジでか。海軍の野郎は陸に酔うのか。すげぇな海軍。海で生活するとそうなンのかよ。
…と、土方は本気で信じそうになった。
聞いていたらしい榎本が、爆笑しだすまで
「そんなこと無いって!」
「と言うか、荒井さんはまず無いだろーっ!」
畳上にのたうち回り爆笑する酔っ払い二人。
大鳥は涙を浮かべてヒヒとまだ笑いながら言った
「荒井さんの特技は武術だもんなー。特に槍だっけ。思いっきり陸上戦向けじゃないか」
「大鳥さん、それじゃまるで私が俄海軍みたいな言い方では?」
「違う違う、俄に陸軍染みてる人って意味。立派な海軍仕官だよ荒井さんは。泳げないけどなー」
「それは船を沈ませなきゃいいだけの事ですから、何も問題ありません」
「土方くんビックリしてんじゃん。久し振りの陸だからってハッチャケないでよ荒井さん」
「堪能させて頂いてますよ」
荒井は悪びれも無く土方に一言、すみません。と謝った
「試す訳でも騙すつもりも無かったんですが、貴方の噂は予てより耳にしてたので、どんな方かと少し興味が湧いて」
土方が持っていた湯飲みを受け取り。荒井は丁寧にお礼を言ってお茶を啜る
それで、今ので何をどう理解したのか土方には知らないが、
どうやら荒井も土方と同じく思っていたようで。
荒井は笑顔で
「これから宜しくお願いします」
と、言った。
もしかして、コイツも特殊な奴かもしれねぇ…。と土方はたじろいだ。
少なくとも、理解しがたいかもしれない。やっぱり各地を連れ添って長いのに未だに理解出来ない大鳥や、榎本の同類なだけはある。
そんな事を思っていたら、
たらふく自棄酒を呑んでる榎本が空になった何本目かの一升瓶を畳へ、ドカッ!と乱暴に置いた
「もーこーなったら全部ほったらかして、4人でこのままイギリスでも行っちゃう!?」
「そりゃいーなっ!」
何も良くないが、膝をバシバシ叩いて笑い声を挙げる大鳥。
「開陽で行こーよー。前に沢さんだって開陽を勝手に動かしたんだしさー。次は私の番だよねー。幕府も奥羽も後の皆に任せちゃえばいーし」
「そうだなー、俺一人が居なくても本多が何とかするよなー。半年くらい英国行きたいなー」
「アホか…」
土方はこっそり呟いて、こめかみを押さえながら溜め息を吐き出し。
隣の荒井は再び、ひたすら平然と大量の饅頭を味わう事に専念していた。
終
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