成田良悟
□保健室の攻防
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「私さあ、適当に当番こなすだけで終わるからって保険委員選んだんだけど」
保健室の中、消毒液をしみこませた脱脂綿の入った容器が開く。
金属同士がぶつかる時特有の音を響かせたそれの中から、ピンセットで純白のコットンを取り上げて相手の頬へと押し付ければ、それは僅かに赤く染まった。
………また、結構深い怪我をしてんなこいつ。折原のナイフだろうか。
そんな風に非日常に慣れてきた自分に苦笑する。
そういえば最初に腕折ったヒトビト(複数!)の診察をしたときは本当に倒れるかと思った。
血が凄いのに岸谷は笑ってるし色々手伝わせるし。あの変態。
「最低な理由だなオイ」
「うっさいさぼり魔。入学してからこの半年、何でこう毎日毎日毎日毎日君か折原のどっちかがくんの。主に君なのはまだましだけど、嫌がらせ?嫌がらせか静雄君ー」
「…………」
「だんまりかこのやろー」
「い゙ッ!?」
「あはははは」
「貸せッ」
答えない気らしかった静雄の頬に強く押し当てれば、アルコールが蒸発する時のすっとするような香りがした。
痛かったの、と笑えば脱脂綿の入った容器を奪われ、―――次の瞬間勢いよくそれは床へと落下する。
からん、と乾いた音を立てたそれを見ながら相変わらず加減が効かないのかと思いつつ、戻した視線の先のこわばった顔に、嘆息。
こいつが自分の力を疎んじてるのも知ってるけど。
君は本当に馬鹿だなあ。
「よいしょっと」
「何す、―――っ!?」
「何怖がってるんだ、君の力でしょー」
正面に座り込んだ男の膝に乗り上げれば当然のように狼狽交じりの抗議が上がる。動くなよ落ちるだろ。
その腕を強引にとって自分の首に手を沿わせれば、手に力を入れれば首を折れるようなそれに静雄の顔が凍りつく。
その瞳を下から覗きこんだ。
この首に置かれた手の主は平和島静雄で。彼が少しでも力を入れれば、この首は容易く折れるだろう。
―――それでも私に、恐怖はない。
「お前、やめ」
「だいじょーぶだって」
「大丈夫じゃねェんだよ!!」
―――ものすごい大声だった。
鼓膜を震わせるそれが痛くて、痛くて、思わず顔をゆがめる。
………痛いよ。
傷つけることが嫌いな君の声は、切なくて痛い。
「大丈夫」
振りほどく際に力加減を違えればどうなるかを考えたらしく、最早動くことさえできないらしい。
完全に動きを止めてしまった静雄にべえっと舌を出してでこぴんした。
これある意味あの嫌味な折原クンよりいい感じに主導権握れてると思うんだけど、どうかな。
「君は本当に馬鹿だなー」
ぺちり、と両手で相手の頬を挟む。
それでも静雄の手は動かない。
平凡な私では触れることのできない部分。彼の深い闇を、私は、知らない。
でも、だからこそわかることくらいあるんだ。
「怖くないって言ってるでしょ」
君は誰よりも優しい。
それなのに、誰かをわざわざ傷つけたりしないだろう。
私は君を怒らせるほど性格が悪くないんだよ?
「俺が怖い」
「素直だねー」
短い返答に、微笑う。
頬を挟んでいた手を戻して静雄の手を放させてそのままぎゅっと握りこむ。
私が飽きるのを待つことにしたのか、抵抗はない。
あ、やばい。声が震えそうだ。
「ひとつ、いいこと教えてあげようか」
「は?」
「ここの当番、本当は2ヶ月に一週間くらいしか担当じゃないんだよ、ね」
3年を除いた1、2年の全クラスの当番制。それも男女別。
だからたいして回っては来ないのだ。だから選んだ。
……本来、は。
「…………は、?」
「そ…れでも、君が来るから、ここにいたんだ、よ」
保健室の攻防
(当番を代わってもらってまで、いたんだよ)
頑張る女の子ってとても可愛いと思うのです。