成田良悟
□一欠けの幸せと、切望
1ページ/1ページ
「ねえ、愛してるよ、詩人」
ふわり、と、笑んだまま、紡がれた、言葉に。
「その唇が発する甘美な睦言の、嗚呼なんと醜いことよ!
恋は盲目とはいわざりても、ただその恋という麻薬はこの身を蝕み狂わせる。
憎悪にも似たその感情はトリカブトのように、量を間違えれば毒薬となるのだ」
答えたのは、常人には理解、しえない――けれど、彼女には、良く分かる。
拒絶の、言葉。
一欠けの幸せと、切望
「……ひどいな。本気で言ったのに」
静かに息を吐いて、ああ吐く息が白いと微笑んだ。
「真実とは脆くけれどなお脆いのは偽りだと、私の中に住まわれる一人の――」
その言葉が途切れたのは、後ろからこつんと、暖かなものと重さが、触れたから。
後ろから彼の背に寄りかかって、空を見上げて、また、笑った。
「あのさ。その目のことを君がどう思っているのか、は君にしかわからないけど、さ」
時々こんな風に喋る。彼女は。
アデルのように不安に怯えるのではなくて、ただ、口調を、変える。
(彼女もどこか狂っているのだというそれは、証)
「やっぱり僕は、君が好きだよ。君の目で死ぬならそれでもいいと思えるくらいにね」
「……、」
声を発しようとした詩人をさえぎるように。
「……あ、雪だ」
ひとひらの雪が、落ちてきた。