成田良悟

□一欠けの幸せと、切望
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「ねえ、愛してるよ、詩人」

ふわり、と、笑んだまま、紡がれた、言葉に。

「その唇が発する甘美な睦言の、嗚呼なんと醜いことよ!
恋は盲目とはいわざりても、ただその恋という麻薬はこの身を蝕み狂わせる。
憎悪にも似たその感情はトリカブトのように、量を間違えれば毒薬となるのだ」

答えたのは、常人には理解、しえない――けれど、彼女には、良く分かる。

拒絶の、言葉。




一欠けの幸せと、切望




「……ひどいな。本気で言ったのに」

静かに息を吐いて、ああ吐く息が白いと微笑んだ。

「真実とは脆くけれどなお脆いのは偽りだと、私の中に住まわれる一人の――」

その言葉が途切れたのは、後ろからこつんと、暖かなものと重さが、触れたから。

後ろから彼の背に寄りかかって、空を見上げて、また、笑った。

「あのさ。その目のことを君がどう思っているのか、は君にしかわからないけど、さ」

時々こんな風に喋る。彼女は。

アデルのように不安に怯えるのではなくて、ただ、口調を、変える。

(彼女もどこか狂っているのだというそれは、証)

「やっぱり僕は、君が好きだよ。君の目で死ぬならそれでもいいと思えるくらいにね」

「……、」

声を発しようとした詩人をさえぎるように。

「……あ、雪だ」




ひとひらの雪が、落ちてきた。



 
 

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