小説
□優しい手
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「いてぇ…」
強い雨の日だった。
今日は昼から気持ちの悪い天気を引きずっていて、日が落ちる前にはボタボタと泣くように降り出してきた。激しいというより、油が落ちているようないやな雨だった。
だというのに、航太は傘も持たず路肩にうずくまっていた。
雨よけになるものはなく直に晒されてる状態で、滝のように顔面を伝う滴を拭う様子もなかった。
予報通りの悪天候なので、車道脇でもすれ違う人はない。頼れる灯りも近くの信号機くらいで、濡れたアスファルトに反射した光が辺りを不気味に赤く染めている。
雨音はやかましい程だが、それさえ静寂に聴こえる程辺りは閑散としていた。
視界のフィルターの色が青に変わった、その時だった。
「君。大丈夫ですか…」
いきなり頭上から声がしたのでドキッとした。
人が立っている。傘で影になっているせいで顔はよく見えないが、男性である事は分かった。
「… …ぇよ」
捻りだしたものの情けないくらい小さな声であった。ほとんど掠れてしまって、耳元でも聞き取れる訳がなかった。
「ここに居ると風邪をひきますよ?」
男は少し高いくらいの優しい声で言った。
顔を容赦なく叩いていた雨粒が急に途切れたと思うと、男は傘の柄を首に挟んでから、シャツがベッタリ貼りついた航太の肩を抱きかかえた。
半端な生温かさとグチョグチョした感触が不快だったが、抵抗もせず航太はひとまず体を預けた。
朦朧としている意識の中で、甘いアルコールの香りがふわっと鼻をくすぐった。
心地よい香りに眼を閉じると、そのまま航太はまどろみの中に落ちていった。