宝物小説
□心を込めて花束を
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その男の人は、いつもふらりとやってくる。
「こんちゃ」
「あら、こんにちは」
ノーネクタイのシャツにジャケット。ポケットに片手をつっこみ、いつものように彼は現れた。
お客さんの来店に花の手入れをしていた手を止める。
平日の昼下がり。
常連の夫人やお見舞いの花束を買いに来た人がいなくなり、猫が店先でうとうとする時間はいつもヒマだ。そういう時間に彼はやってくる。
「今日はお友達のお見舞いですか?それとも…」
「あー…、うん。そっちで」
「わかりました」
はにかむように言い淀む彼にふっと笑った。切り花の入ったショーケースを開けてチューリップを一本、
「もう少ししたらコスモスも入りますから…よかったらまた見に来てくださいね」
「うん、ありがと」
包装フィルムとリボンで可愛くラッピングしてやる。500円を貰っておつりは50円。それを無造作にポケットにつっこんで
彼は軽く会釈して店を出ていった。
これが彼の決まったルーティンワーク。
週に2、3回現れては花を一本だけ買っていく。
たまに花束を頼まれる時もある。それはできるだけ控えめな花を、でもできるだけ華やかに。
贈呈かお見舞いで使う花をシーンごとに分けないといけないから、用途を聞けばお見舞いと言う。大事な友達なんだろうか、決して安くない花束を彼はマメに頼んでくる。
「あの、コレ下さい」
初めて来たときも、やはり今のような眠たい時間だった。バラがきれいに咲く時期だったか。
店先に水に浸けていたバラを指差して彼は現れた。
「何本お包みしますか?贈呈でしたら10本以上でラッピングとリボンはサービスになります」
ここは夜の商売をする店界隈に近い。
昼は女性のお客さんが大半だが夜になるとお店に持っていく花を買いにくる男の人が多くなる。
そしてたまに、ホストがお客さんに渡すために花束を買いにくるのだ。
平日の昼間に、銀髪碧眼のきれいな男がラフな姿でバラなんて買いにくるから、てっきりホストかと思ってしまった。
「…一本でもラッピングってしてもらえるの?」
それから彼は昼間に定期的にバラを一本だけ買いにくる。ずいぶんマメなホストだなと思ったけど、わざわざ一本ずつ買って帰っていくのを見てどうも違うような気がした。
「彼女さんに差し上げるんですか?」
中年の好奇心というものか。もう何度目かの同じバラを買って店先で見送る時、なんとなく聞いてみた。
「あぁ…、うん。まぁ」
「うらやましいですね、こんな風にいつもバラをもらって」
会話をしたのがこれが初めてだった。
彼がこうやってバラを贈ってる人はどんな人なんだろう。
100本のバラを渡されるよりこうやって定期的に1本ずつ渡されたほうがぐっとロマンチックに思える。
情熱な愛を捧げ続けているような奥ゆかしささえ感じる。
彼女にせよ奥さんにせよ、そんな風に思われている人をうらやましく感じた。
「いや、彼女ってわけじゃないんですけど」
「あら、じゃあ奥さんにですか?」
その言葉に彼は少し苦笑したように見えた。
ややあって彼は言った。
「まぁ、彼女になってくれればいいなっていうか…」
言ってから彼は気恥ずかしそうにして店を後にした。
あのバラは、片思いの人だったのか。
意外すぎる答えだった。その答えが意外すぎて、うっかりありがとうございましたと言うのを忘れたほどだ。