【きょぞう】 『隼人』でいるということは言うほど簡単ではありませんでした。 わたしだけが『隼人』を知らないという事実。 なりきるにも限界があります。 綱吉さんの望む『ハヤト』が別にいると知ったのは、ひきとられて数日もしないうちです。 『隼人』のお姉さんだという美人な女性とお逢いしました。 星を散らしたように輝く淡い栗色の髪、透きとおるミントグリーンの瞳はどこか儚い印象。 それを補うように力強くひきむすばれた唇からアルトの美声が響きます。 「その子がハヤトですって?どういうつもりなの…ツナ」 寂しい声でした。 綱吉さんを悲しげに見つめていたその瞳にわたしをうつして彼女は眼を伏せたのです。 これがビアンキさんとの出逢いでした。 「眼を開けてごらんなさい」 穏やかなアルトに促されたとおりにすると、目の前にいる銀髪の少年の薄翠色の瞳と眼があいます。 わたしが少年を睨みつけると、相手も睨みつけてきました。 この少年が少女であることをわたしは知っています。 少年は鏡にうつったわたしの姿。 ストレートの髪にワックスでクセをつけてハネっ毛をつくるのはもう日課です。 わたしが女であることは『隼人』でいるためには致命的でした。 元々わたしはマリアのような女性に憧れていて、彼女を真似て髪を伸ばしていたのです。 綱吉さんにあったとき、わたしの髪は腰ほどにありました。 「綺麗な銀の髪だね。でも君はショートカットが似合うと思うな」 穏やかな声で囁きながら絶対的な瞳で見つめられます。 わたしの髪を優しく梳きながら綱吉さんが笑った次の日、わたしはバッサリと髪を切りました。 マリアが泣いて、綱吉さんが里親になって、彼に気にいられなければこの世界で生きていけないことは子供心にわかっていたのです。 首まわりが涼しくなったわたしを見て、綱吉さんは嬉しそうに笑いました。 「うん、思ったとおりだ。よく似合うよ」 わたしが生まれもった髪と瞳の色は『隼人』によく似ているのだそうです。 色だけでなく輪郭や体格、顔そのものも。 見せてもらった写真には確かにわたしのような少年がうつっていました。 わたしに『隼人』の面影をみるから、その面影から外れる部分が違和感として綱吉さんの眼にうつる。 彼はわたしを『隼人』の代わりにしたかったのではないのです。 ただ求めるものが強く鮮明すぎたから、感じる違和感を無意識に修正しようとしてしまうだけ。 綱吉さんにとってわたしは『ハヤト』であって決して『隼人』には成りえませんでした。 それでもわたしは綱吉さんに捨てられることを恐れて、彼が望む姿でいようと足掻いているのです。 「ハヤトは本当にあの子にそっくりね」 わたしの後ろでビアンキさんが苦笑します。 優しく頭を撫でてから無骨な装飾品を首にとおしてくれました。 本当は以前ビアンキさんがプレゼントしてくれたピンクの石がついたハートのネックレスが好きなのです。 でもそれは大事に宝石箱の中。 わたしが身につけるのは髑髏のリングとシルバーのチョーカー。 骸さんがくれた水色のドレスは袖をとおすこともありません。 「ありがとう。ビアンキさん」 「…あなたが望むなら、私を姉と呼んでもいいのよ?」 ツナにもそう言われたことがあるのでしょう、と儚く微笑む彼女をどうしてそう呼ぶことができますか。 「オレはあなたにとても酷いことをしている…これ以上そんなことできねーから」 立ちあがったわたしの手をとってビアンキさんはゆっくりと首をふりました。 「優しい子…あの子もそうだったわ。誰よりも他人の心を優先して独り苦しんでいた。私はあなたのためにも何もしてあげられないの?」 「そんなことない。これ以上を望むなんておかしな話だ」 ビアンキさんの手が離れると部屋をでるために歩きだします。 そろそろ綱吉さんに逢いに行く時間でした。 「あなたも愛されていいのよ。ハヤト」 扉が閉まる瞬間のビアンキさんの声が耳に木霊します。 それでもきっと無理なことだと知っていました '08/10/8 <<戻(ぴえろ) |