れんさい

□その道化に花束を
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【こうちく】



マリアが泣きました。
守ってあげられなくてごめんなさい、とわたしを抱きしめて。



マリアは美しい女性です。
彼女の愛に包まれる孤児院の生活はわたしを含め、お世話になっている孤児全員が満足していました。
わたしは不満があったからここを出るのではないのです。

「マリア、わたしは幸せでした。あなたに愛されたいままでを感謝しています」
彼女を安心させたかったわたしの言葉は、その泣き声を激しくさせてしまうだけでした。
マリアはとても周囲の機微に敏感な人だったので、このとき綱吉さんの傷つき壊れかけたお心を感じていたのかもしれません。
でも、愚かなわたしはそのことに気づかなかったのです。

「あなたをあの方には渡したくなかった…」
マリアの嘆きもわたしには理解できませんでした。

マリアがどれだけ拒否しても、マフィアである綱吉さんのボンゴレファミリーという巨大な組織からの圧力には敵うはずもありません。
素人目にも高級だとわかる漆黒の車にわたしが乗り込むまで、彼女の涙がとまることはありませんでした。

別れる瞬間のマリアの泣き顔が忘れられません。
あれから一度も院に行かせてもらえていないので、彼女がいま笑って生活できているのかを自分の目で確かめることはできないでいます。

マリアはとても笑顔の美しい女性でした。



「久々になってしまいましたね。どうぞ、君の孤児院ですよ」

ひきとられてすぐに用意されたわたしの寝室は、ボンゴレ本部の幹部のプライベート区域にあります。
孤児あがりのわたしにはもったいないほど立派な広いお部屋です。

わたしが望まなくても綱吉さんは何でも用意してくださいました。
いま座っている上質な赤のソファーも、その前にある細工の凝ったローテーブルも、手の中のティーカップですら。

「ありがとな。骸」
テーブルに広がった数枚の写真と一通の封筒を手にとります。
わたしの感謝の言葉に、骸さんはどういたしましてと微笑みました。

彼はとても優しい人です。
この環境で不安定な位置にいるわたしをいつも気にかけてくださいます。
わたしの立場をよく理解してくださっていて、意識的な口調や態度にも眉をよせるようなことは一度だってありませんでした。

『隼人』でいること。

それがわたしの仕事です。

わたしは確かに孤児ですが、名前はありました。
マリアが考えてくれたあたたかな名前。
彼女が優しくその名を口にする声がなによりも好きだった。
でも、いまそれを音にしてくれる人はいません。

骸さんはわたしの名前を訊いてくださったけれど、お答えするわけにはいきませんでした。
わたしは『ハヤト』でなければいけないのです。
そうでなければ、綱吉さんの笑顔が曇ってしまう。

わたしは自分の本当の名前を忘れないように、封筒を胸に抱きこみます。
骸さんが善意でマリアや院の家族達の写真を撮ってきてくれたのです。
これは、わたしが孤児院が恋しくなってひとりで泣いていたのを彼に偶然みつかってしまったときから定期的に行われていました。

このことは綱吉さんには内緒です。
わたしがまだ孤児院と決別していないと知ったら、あの方は悲しむでしょう。



「本当は君をこの牢獄から解放してあげたいのですけど…」

すべてを了解した顔で骸さんが呟きました。
もしかしたら、わたしよりも彼のほうがずっと、この現状に心を痛めているのかもしれないと最近よく思います。

骸さんがわたしを見るとき、はっとしたように目を見開くことが多くなってきました。
彼はそのあと何事もなかったように接してくれますが、忌々しそうに睨みつけてくる方も少なくありません。
その理由も、わたしはもう知っています。

「オレは、ここで…10代目のお傍にいるよ」

マリアからの手紙を抱きしめてわたしは笑ってみせました。
そうすると、骸さんがいつものように困った顔で微笑むのです。



綱吉さんとであって、孤児院を離れて、わたしの世界が変貌してから4年が経ちました。

わたしは今年13になります。


崩れた世界は誤った形で再生されました

'08/9/2


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