れんさい

□その道化に花束を
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【ほうかい】



君、名前は?

わたしは、

いや…いいよ。これから君の名前は『ハヤト』それから自分のことは『オレ』って言うんだ。いいね?

はい!ボス。

違うな。オレのことは『10代目』だよ。



――― わかった?



わたしは孤児でした。

赤ん坊のころに育児放棄されて餓死寸前だったところを保護されたそうです。
親の顔は知りませんが、知りたいと思ったこともありませんでした。
院にはわたしのことを我が子のように愛してくださるマリアがいましたし、歳の近い同じような境遇の家族と呼べる仲間もいたので寂しい想いをしたこともありません。

そんな何の不満もない生活はある日、突然変貌しました。



わたしが8歳のときです。

孤児院へ支援してくださっているマフィアのファーザーが視察にいらっしゃいました。
一見しただけではとても裏社会に君臨している男性とは思えない穏やかな顔つきの方で、特に優しげな目許が印象的です。

彼は白いスーツを優雅に着こなして凛と立っていました。
風さえも彼に触れることをためらうような、そんな様子だったのです。
わたしはそのとき、彼は裏社会のドンなのだとはっきり確信しました。
呼吸をすることも忘れるほど彼に魅入っていたのです。

いま考えると、彼はそんなわたしの視線に気がついて顔を向けたのでしょう。
でも、そのときのわたしには彼の蜂蜜色の瞳が向けられたことのほうが重要で、驚きに思考はついていかず、まるで運命のように感じていたのです。
うかれていて、己の愚かさにも気づきませんでした。

ただ、幸せだったのです。

彼と眼があった瞬間をわたしはいまでも覚えています。
こちらに目を向けた彼の淡い夕陽色の瞳が見開かれて、それから悲しげに歪みました。
その理由はいまでこそわかりますが、当時は哀れまれたのかと思ったのです。

わたしは哀れまれるような可哀想な子供ではありません。
屈辱でした。
彼に一瞬でも心を奪われていたから余計に。

わたしは唇をかみしめて彼を睨みました。
そうすることでしかこの悔しさを表現できなかったのです。
すると彼は眩しいものでも見るかのように眼を細めて、そして綺麗に微笑みました。
マリアがわたしに向けてくれるものによく似た、慈しむような笑顔です。

そうされるとわたしの怒りはなくなってしまって、つられるように笑いかえしていました。



(こんなところにいたんだね)



その唇からため息のような声がもれます。
わたしの位置からでは何を言ったのか聞きとれなかったのですけど。

「はじめまして」

ゆったりとした動作で近づいて、逞しい手をわたしにさしだすと彼は笑いました。
その日のうちに里親になり、わたしをひきとってくださったのです。

そして『ハヤト』という名前をくれました。



これが、予想もしなかった生活のはじまりです。


その日すべてが崩れていきました

'08/8/31


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