れんさい

□蝶は太陽に焦がれ焼け堕ちる
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【のぼる太陽】



見あげた空には、まるく輝く淡い光。
それは大切な人を失った夜と同じ満月だった。
あの懐かしくも悲しい夢を見たのは、久々に血を提供したからだろうか。

隼人はおしよせる哀しみを眼を細めることでやりすごすと、部屋へ向きなおる。
拾った青年はすでに立ちあがり部屋をでるために歩きだしていた。

「でて行こうと思えば、いつでもでて行けたんだよな?」
その証拠に青年は、隼人がこの部屋へ戻ってきたとき扉へと向かっていたところだったはずだ。
青年がぴたりと足をとめる。
「オレが起きるまで待ってたのか?」

隼人が提供者だという考えにいきついていたのなら、このログハウスに住むヴァンパイアにあわないためにも1分でも早くでて行きたかっただろう。
なぜそれをしなかったのか、隼人の素直な疑問に恭弥はふりかえった。

「…僕のせいで倒れた君をおいていけるわけないだろう」
もう大丈夫そうだから行くよ、そう言ってまた歩きだす青年に隼人は駆けよる。
「待てよ、うわっ…」
「ちょっと!貧血だっていったじゃないか、突然たちあがって走れるわけないだろ?」
「わり…」
ふらついた隼人の身体を恭弥が受けとめてため息をついた。

「もうこれ以上僕と関わってても君にいいことなんてない…他のヴァンパイアを助けるなんて君の主人は許してくれるの?」
提供者は自分の持ちものだと考えているヴァンパイアも少なくない。
自分のものが勝手に他人を助けることを快く思わないヴァンパイアはたくさんいるのだ。

青年の素直じゃない心配の表現がくすぐったくて隼人は苦笑した。
「…この家にいるのはオレひとり、オレの主人はいま別の場所にいる」
ふらつく身体を支えるために恭弥の腕に軽く手をそえて、隼人はへらりと笑う。
ナイフを手にしたときと同じ、なにかを諦めたような笑顔だった。

「もう少しここいにいろよ」
いくら血を飲んだとはいえ、青年は出血多量で傷が腹部を貫通していた状態だったのだ。
まだおとなしくしていたほうがいいことは明白。
完治はしていないという隼人の予想は正しかった。

「もうかすり傷みたいなものだよ、問題はない」
「でもおまえが着てるのオレの服だし…着てく服がないだろ?」
「…僕の服かえして」
「さっき洗ったけど、穴だらけだぜ?」
「それでもいいよ」
その返答に隼人は笑う。
お互いに強情で中々話がまとまらない。

「夜が明けたら街に服を買いに行ってやる。それを着て夜にはここを離れればいい…一日くらいなら待てるだろう?」
森の側にそれほど大きくはないが治安のいい街がある。
この森自体それほど大きなものでもないから2時間もあれば目的は果たせるはずだ。
ヴァンパイアの治癒能力なら、あと一日このログハウスでおとなしくしていれば傷も完治するだろう。

それでも隼人の言葉に青年は眉をひそめた。
「…なんで、こんなことするの?」
「え?」
「怪我を負った危険なヴァンパイアを助けて、自分の主人がいるのに僕に血を与えた…まだ僕を追いださないのはなぜ?」
恭弥の言葉に隼人は黙りこむ。

静かに青年を見つめて、眼を閉じてから唇を無理矢理ひきあげた。
彼に伝えたいことができたのだ。
哀しみに捕らわれてる場合ではない。

「自己紹介まだだったよな、オレは隼人…おまえは?」
隼人の笑顔に、青年は戸惑うように視線を彷徨わせてから小さく呟いた。
「…恭弥」

「きょうや、か…なあ恭弥、一緒に来てもらいたいところがあるんだ」
「なに?ほら急に動いたら危ないって!?」
「っ!」
またもふらついた隼人の身体を恭弥が支える。

呆れてため息をついた恭弥はそのまま隼人の身体を横抱きに抱えあげた。


'08/3/7


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