れんさい

□蝶は太陽に焦がれ焼け堕ちる
8ページ/14ページ

【のぼる太陽】



指どおりのいい髪を撫でていると少年が小さく呻いた。
瞼がぴくりと動き、綺麗な涙がひとすじ流れおちる。

それを合図にゆっくりとその瞳は開かれた。

恭弥は何事もなかったかのように手をひき、頭を撫でていたことを隼人に悟られないよう体勢を整える。
開かれた瞳の焦点が定まっていないことにかすかな苛立ちを覚え、静かに声を発した。
「気分はどう?」

隼人は思いのほかすぐに意識をはっきりととり戻し、数度眼を瞬いたあと小さく笑う。
「最悪…頭くらくらする」
その返答にふんと鼻をならして恭弥はイスへ腰かけた。

「当然だろうね、貧血だよ…まったくなに考えてるの?怪我を負ったヴァンパイアの前で血を流すなんて自殺行為だ」
すっと指させば少年が自身の左手首を撫でたのがわかる。
その様子に恭弥の柳眉がぴくりと不満を表現した。
薄暗い部屋ではそんな些細なことに隼人が気づくことはできなかったが。

「傷口はもう完治しているだろう?」
「ああ、痛みはないし…ほら傷痕も綺麗に消えてる」
おまえのお蔭だなと言ってシーツから腕を見せる少年に恭弥はため息をついた。

「僕がヴァンパイアであることは説明するまでもないみたいだね」
「まあ、傷の治りの早さが尋常じゃなかったし…」
「怖くないの?」
納得がいかないという表情の恭弥に隼人は苦笑してみせる。
「ヴァンパイアを恐れる理由がねーから」

「…僕が知る人間は僕達を化け物と呼んで、会話しようともせずに銀の弾丸をむけてきたよ」
「銀でヴァンパイアは死なないぜ?」
「そのとおりだけど…」
そこで一度足を組みかえると恭弥はすっと眼を細めた。
「君は僕達の生態を知りすぎてるよ」

ゆっくりと身体を起こした隼人に恭弥の視線が突きささる。
「なぜ…なんて愚問だよね」
真意を探ろうとするかのような強い眼光に怯むことなく、隼人はその瞳をまっすぐ見返した。
恭弥の唇が静かに音を紡ぐ。

「君は、提供者なんだろう?」

確認の言葉に、隼人はかすかに微笑んだ。

「まあ…な」

やはり、か。
恭弥は静かに眼を閉じた。

提供者とは高貴なヴァンパイアの一族に仕えて自らの血液を食事として与える役割を担っている家系の人間のことをいう。
血を提供するかわりにすべての経済的負担などをヴァンパイアが請け負うのだ。
そうして昔からヴァンパイアと提供者は互いに良い共存関係を築いていた。

提供者の役割は子孫へと受け継がれる。
恐怖による支配ではなく、深い友好関係にあるのだからヴァンパイアの生態のほとんどを提供者は知っていた。
当然そんな提供者達がヴァンパイアを恐れるはずもない。

「ここは他族のテリトリーだったわけだね…それならなおさら僕は早くここをでて行くべきだった」
気位の高いヴァンパイアであるほど、領地に対する執着はすさまじかった。
提供者をもつほとんどのヴァンパイアは血の濃い貴族クラスの者ばかり。
少年の主人達が目を覚ませば恭弥を殺すかもしれない。

「でてくって、まだ陽がでてるうちはどうにも…」
「バカだね君は…もう月が高い」
「え?」
呆れたような恭弥の言葉に隼人は窓辺へよって、小さくカーテンをめくった。
カーテンを閉めきり、部屋を薄暗くたもっていたという認識が強すぎて隼人は気づかなかったのだ。

外はすでに暗く、空高くに大きな月がうかんでいた。


'08/2/29


<<(ちょうは)








次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ