れんさい

□蝶は太陽に焦がれ焼け堕ちる
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【太陽の祈り】



月明かりの下、やっとはっきり見えた瞳は吸い込まれそうな闇色をしていた。

頬に触れる手があたたかい。
隼人をうつす瞳は、愛した人とは真逆の色をしていてそれが何だかおかしかった。

手のあたたかさは同じなのに、まったく違う相手なのだとはっきりわかる。
伝わってくる優しさと、やるせなさ。
恭弥にとっても辛い何かがいまの会話にあったのだろう。

無念、だったのは恭弥なのかもしれない。

「綱吉さんは王家9代目直系のご嫡男、家光様の第一子だった」
「それじゃ、まだ随分若かったんじゃないか」
恭弥が驚くのも無理のないこと。
ヴァンパイアにとって死とはとても縁遠いもので、病魔に侵されることを知らないその身体はそれこそ普通に生きていても数百年ともつものなのだ。

若くして死を迎える理由として考えられるのは、殺されるか陽の光を浴びるか。
王族の子ともなれば暗殺されたのかもしれない。
恭弥の窺うような視線に隼人は眼を伏せがちに苦笑した。

「確かに綱吉さんは当時147歳だったぜ。おまえより若いんじゃねーの?」
隼人の言うとおり、恭弥は自分の年をはっきり数えるようなことはしていないがそれでも180年以上は生きている。
その年で死ぬようなヴァンパイアは基本的にいない。
それこそ暗殺などの特殊な理由でもない限り。

恭弥の問いたいことは隼人にはよくわかっていた。
いまから順を追って説明するこの話の全貌を恭弥に伝えたい。

頬に触れていた恭弥の手を自分のそれで支えるようにして少し力をこめれば抵抗なく動いた。
そのまま膝の上までもってきて包みこんでも恭弥は隼人の手を振りほどこうとはしない。
それが意外だったので少し驚きながらも、隼人は話を続けることにした。



「本来なら綱吉さんは10代目の王座に座るはずだったんだろうけど…」

恭弥が言ったとおり綱吉はヴァンパイアの父と人間の母をもつ混血だった。
現王は温厚な人柄で、人間に対しての差別意識をもっていない。
息子が選んだ女性が人間だったとしても、生まれた子供が混血児だったとしても、それを気にしたり蔑んだりすることなどなかった。

沢田家の者は歴史を遡っても変わり者ぞろいで、それこそが永きにわたって王座を守っていられる理由なのではないかと隼人は考えている。

王族から産まれた混血を、王が認めるというのなら誰にも文句は言えないはずだった。
だが、誕生した赤子は大きな問題を抱えていたのだ。

「綱吉さんは、お身体が大変弱かった」

不死とまで言われる頑丈なヴァンパイアの身体。
それは体内に流れるヴァンパイアの血が高い治癒能力を秘めているためだった。
その血によって若さと強さを保ちつづける種族。
ヴァンパイアの血が濃いほどに、強大な力を秘めている。

「純血と人間との間に生まれた子供は稀に金色の瞳をしてるんだってな」
隼人のその言葉に、恭弥の手がかすかにゆれた。

「綱吉さんの瞳は、この空にうかぶ月のように輝く黄金色だった」
高貴なるヴァンパイアの血液が脆弱な人間の肉体を蝕む。
それは本当に稀なことだったが、噂や幻と言うほど珍しいことでもない。

元々違う種族であるために起こる事態。
つまりバランスがあわなかったのだ。
強すぎるヴァンパイアの力と脆すぎる人間の身体を親から受け継いだとき、その子供はガラス細工ほどに儚い存在となる。
力を扱いきれない混血のヴァンパイアは、黄金の瞳をもって生まれるという。

綱吉は力だけなら王族随一のものをもっていた。
ただ、その力を扱うには肉体が弱すぎる。
王族の血という強大な力が人間としての器しかもてなかったその身体を、毒のように侵してゆくのだ。

生まれつき不治の病を患っているのと同じ。
蝕まれた身体ではベッドからでることもままならず、綱吉は生涯の大半を自室ですごしていた。

「家光様は綱吉さんと綱吉さんのお母様、つまり奥方様のために権力争いの渦中からいったん離れることを決意されたんだ」
現王は当然のようにそれを承諾して、反対する王家にはすべて終われば帰ると。

「この街で一番でかいお屋敷。家光様が王家の城に帰られたからいまはもうないけど、3年前までオレもそこで暮らしてた」
3年前、それは綱吉の死後まもなくのことだった。

「恭弥を助けたのは、オレの身勝手なんだ。もう誰が死ぬのも見たくなかったから」
目の前で衰弱していく綱吉の姿も、失われていく体温の感覚も、隼人はまだ覚えている。

「あの方を本当に、愛していた」

そして離れがたいほどに強く深く愛されていた。
戻らない命を目の前にする恐怖は根深く隼人の心に残っている。
森で倒れている恭弥を見た瞬間、もうそんな思いはしたくないという一心だった。

「だから、本当に勝手なこと言ってるけど…せっかくの命を大切にしてほしい」
月明かりが静かに照らす街を眺めていると、恭弥の手が隼人の腕を掴む。
もともと力をくわえていたわけではなかったから、恭弥の手は簡単に包んでいた隼人の手を払いのけてしまった。

そして、突然の恭弥の動きに隼人の意識は追いつかないまま強く抱きしめられる。
「きょ、恭弥?」

「なんて勝手なこと言うんだろうね、君は」
隼人の耳元に絞りだすような恭弥の声が聞こえた。


'08/4/13


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