れんさい

□蝶は太陽に焦がれ焼け堕ちる
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【太陽の祈り】



沢田家といえばヴァンパイア界では名の知れた名家で、9代にわたり王座を守っている一族だ。

純血で構成されたヴァンパイア上層部の最たる一族。
彼らのもつ絶大な力は同属ですら恐怖するという。

だが王族ともなると血統という概念に強く左右され、一族は減少する一方。
他の貴族に王座をとられるのも時間の問題かと有力貴族が囁くような現状もあった。

そして地位を追われる危険があろうとも、王族は他者の上に立つ者として多くの人目に触れることになる。
つまり沢田家の人間は極めて少なく、名のある貴族は彼らの動向を把握しているということ。

事実、恭弥の知る王族の情報も少なくはない。
何度も夜会でその姿を謁見できるほどには王座に近い名家の出だ。
現王である9代目も、その子息も、さらに10数年前に産まれた跡継ぎにもあったことがある。

その他の直系にはあたらない沢田一族の者も居場所が知れているこの状態で、それでも綱吉という名があがったことはなかった。



実在していたという事実すら曖昧な王族ヴァンパイアの専属提供者だという隼人。
上流貴族はそれぞれに専属の提供者をもつことが通例なため、王族の提供者ともなれば個々にいるのはおかしな話ではない。
恭弥にも専属はひとりいた。

だが仕えていた主人が死んだとなれば別のヴァンパイアにあてがわれるはずだ。
寿命の違う種族。
提供者はすぐに年老いる。
提供するものが血液である以上、老体では無理があるのだから。

王族の提供者だからといって貴族のそれと大きな違いがあるとは思えない。
さきほどまでいたログハウスも調度品は確かに高価なものばかりだったとはいえ、王族が使うにしては質素だ。
隼人の話をそのまま信じるとすればあのログハウスにひとりで暮らしていることになるし、他の主はなし。

来てもらいたいと言われてついた目的地が、別の場所にいると言っていた主人の墓だというのなら、この3年間の隼人を沢田家や他の沢田の提供者はなぜ放置しているのか。

なにもかも信憑性に欠ける話。
それでも恭弥には隼人が嘘をついているようには見えなかった。
そもそも恭弥にそんな嘘をつく利点がない。

それに隼人は綱吉を誰も知らないと言った。
王家に産まれながらその存在を周囲に知らされない理由に、恭弥はひとつ心当たりがある。

「混血だったんだね。その、沢田綱吉は」

恭弥の呟きを聞いて墓標を見つめていた隼人の肩が小さくはねた。
風は穏やかにふたりの髪と戯れて流れていく。
さわさわと、白い花が囁くようにゆれていた。

ゆっくりと恭弥を見つめる瞳が困惑に細められる。
「よくわかったな」
綱吉の夢をみたという隼人はそのとき泣いていた。
主人を想って流れた涙はとても神聖なもののようで、触れた恭弥の手にすりよった隼人は微笑んだことを思い出す。

泣きそうな隼人の微笑みに胸の中心が締めつけられるような錯覚をおこして、花の囁きに惑わされるようにその手を伸ばした。
「きょう…」
触れた白い頬は冷えきっていて、哀しみ戸惑う隼人の心境を体現しているかのようで恭弥を切なくさせる。

人間よりも優れた種族がヴァンパイアであるという概念は恭弥達の間で深く浸透していた。
人間の血が混ざっている混血は、人の血が濃くなるほどにヴァンパイアの力が弱まり自尊心のない生き物となる。

身分のある貴族になるほど強い力をもつために混血を軽視する傾向にあった。
上流階級に産まれた混血の中には一族の監視下におかれ行動を制限される者もいるほどだ。
王族から混血が誕生したとなればその存在すら認められないのも納得がいく。

その事実は恭弥にとって憎むべきヴァンパイア社会の現状そのものだった。

「君は主人の無念を僕に伝えたかったの?」
「違うんだ。伝えたいことはあるけど、それは」
恭弥の問いかけに隼人は苦笑して首をふる。

「おまえはいま生きてるんだってこと」
ふたりの視線がからまった。


'08/3/28


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