3章【太陽の祈り】 数回の会話で隼人の頑固さがわかってしまった恭弥は彼の言葉に従うことにした。 なにを言っても意思をまげるつもりのない隼人をほうっておけば、ふらつく身体で無理をしてでも恭弥を目的地につれて行こうとするだろう。 そこまでさせるくらいなら素直についていったほうが隼人の負担が軽いと判断したのだ。 はじめこそひとりで歩くと騒いでいた隼人だが、力でも口でも恭弥に敵わないとわかるとおとなしく腕の中におさまった。 せめておんぶがいいと呟いた言葉も、お腹が痛いから嫌だという恭弥の一言に却下されている。 月明かりの下で見あげてくる輝くような翡翠の瞳が美しいと、恭弥は素直に思った。 「まだ行くの?」 「ああ、もう少しだ…」 緩やかな傾斜を静かにのぼっていく。 暴れることを諦めた隼人は頭を恭弥の胸にあてて、正面を見つめていた。 歩くたびに銀の髪がふわふわと揺れて月の光より神々しくきらめいている。 そのさまを瞳を細めて見つめながら、恭弥は道の終わりを思った。 人が頻繁に通ることで、草木がわけられてできる自然の道。 左右には立派な木々がそびえているが、それぞれ広い間隔をあけているために周囲が薄暗くなるような陰鬱な気配はなかった。 ぱきっ足元で小枝が折れる音がする。 流れる風は爽やかさをともない夜闇にとけていった。 「…陽が昇るまでには帰れるんだろうね?」 ふと、恭弥の頭にもしやという考えがうかぶ。 試しに訊ねてみれば隼人は心底驚いたようで、眼を見開いてまぬけな表情でふりかえった。 「まさか!」 「…そうみたいだね」 そんな顔を見せられれば誰でもわかる。 おかしなことを考えた、と恭弥はため息をついた。 「そんなに心配なら走っていこうぜ!おろせよ」 恭弥のため息になにを勘違いしたのか、隼人がまたも腕の中で暴れだす。 恭弥にしても平然を装ってはいるが、身体は体力回復につとめていて疲労しているのだ。 隼人が暴れれば疲れる。 「もう、暴れないでよ…君を運ぶのだって楽なわけじゃ」 そこまで言って、恭弥は動きをとめた。 甘い香りが、風に流されてくる。 「この香り…」 「ああ、ついたんだ」 嗅覚に意識をとられているうちに、隼人は腕の中からぬけだして恭弥の前を歩きだしていた。 「このさきに、おまえに見せたいものがある」 壊れてしまいそうなほど儚い笑みをうかべて、隼人は斜面をのぼりきった。 恭弥がそれにつづく。 「花…」 恭弥の目の前には白い花畑が広がっていた。 さきほどからのぼっていた斜面は小高い丘で、木のないひらけたここは頂上にあたるようだ。 月明かりの中でもわかる、見下ろした家並みが隼人の言っていた街なのだろう。 崖のようになっていることから、ここから街にはいけそうもない。 別の道をつかって迂回するのだと思われた。 恭弥が周囲の観察をしているあいだに、隼人は花畑を横ぎって崖付近まで進んでいく。 少しはりだしたような形状をしているその場所には、なにかが立っているようなのだが、恭弥の位置からは隼人がかぶってしまってよく見えなかった。 「このまっすぐさき、街のむこうから朝日が昇る…一番陽あたりのいいとこに建ててほしいって、頼まれたんだ」 なにを、と恭弥が聞く前に隼人がしゃがんで、そのさきにあるものの全貌を見せる。 月の光をほのかに反射させる十字をかたどった白い石。 恭弥からは確認できないが、隼人の足元にある板状の石には持ち主の名が記してあるはずだ。 「ここに眠ってる…オレの主人にさ」 いつのまに摘んでいたのか、墓標の上に白い花を添えてから隼人は形だけ微笑んで恭弥をみつめた。 白い花に囲まれて、街全体を見下ろせる丘に悠然とたつ白い十字架。 それはまさしく石碑だった。 '08/3/14 <<戻(ちょうは) |