【6】 「逢えてよかったです。いまから兄妹そろってどこかへ?」 「骸!そ、そうだ。いまからオレ達は…」 「ちょうど良かった。六道先輩、並盛商店街まで一緒に行こうぜ」 「隼人!?」 にっこりと笑う並盛高校の男子生徒は副生徒会長の六道骸。 深藍色の艶のある髪に長身の美丈夫だ。 骸は隼人と高校の先輩後輩という間柄になる以前からの付き合いがあるのでディーノとも親しかった。 「商店街の八百屋に行きてーんだけど、なんかディーノが心配してくれてさ。先輩と一緒ならいいだろ?」 前半は骸に、後半は兄へ満面の笑み。 「ええ、どうせ帰り道ですから。ご一緒しましょうか」 骸は隣町からわざわざバス通学で並盛へ来ている。 並盛駅前までバスで来て、そこから並高まで徒歩なのだ。 隣町にも並盛と同レベルの黒曜高校があるのになぜ並高にしたのかという隼人の問いに答えてもらったことはまだない。 知り合いの骸が同じ高校というのは隼人にとって心強いものなので、疑問はあるものの嬉しいという感情が強かった。 「いってきまーす」 「隼人!?」 さっさと骸まで駆けよりその腕をひいて歩きだした隼人にディーノが悲鳴に似た声をあげるが、妹はもう無視することにしたようだ。 「いいんですか?お兄さんが心配してますよ」 「うーん。心配してくれんのは嬉しいんだけど、いまはひとりで留守番とかしてたくないし…だから散歩がてらのおつかいなんだ」 ダメだったかな、なんて上目遣いで見あげられて骸は愛しさに目を細めた。 自分よりいくぶん低い、しかし長身のため他の女性より近い位置にある銀の髪を優しく撫でると嬉しそうに笑う。 骸にとっての愛しい少女は出逢ったころよりずっと魅力的になって、その兄すらも魅了してやまないのだ。 「大丈夫だと思いますよ。ああは言ってますが、ディーノさんは僕のことをそれなりに信用してくれてるようですし」 「そーだよな!」 ぱっと向けられた安心しきった笑顔に意識をとられ、危うく電柱にぶつかるところだった骸を隼人が腕をひくことで回避する。 「だ、大丈夫かよ」 「…すみません。ありがとうございます」 「疲れてんのか?そういえば生徒会にしてもこの時間なんて、終わるの遅かったんじゃねぇ?」 もう失態はするまいと前方にも気をつかいながら歩く骸。 さっきもいまも隼人の手は触れたとたん離れていく。 それはそうだ、隼人には想い人がいるのだから誤解をうけるようなことはしたくないだろう。 それをわかっているから骸はどうすることもできず、きゅっと小さく拳を握った。 「そうですね。生徒会長がいつも以上に使いものにならなかったもので…少々手間どりました」 「え?沢田先輩がどうかしたのか!?」 立ちどまってしまった隼人にあわせて数歩前にでた骸も立ちどまる。 不安そうなその表情に隼人の想いを感じて苦笑した。 愛しい子の幸せを願っているけれど、だからといって恋敵の肩をもつほどお人よしでもない。 「なにか思案にふけっている様子で、心ここにあらずと言った感じでしょうか。体調は問題なさそうでしたよ?最後は僕に仕事を押しつけて元気よく帰ってしまいましたから」 「…そっか。なにかあったのかな」 「クフフ…そうですね。彼のことですから、たいしたことのない小さな悩み事でしょう」 その悩み事を知っていたけれど、骸はあえてそこには触れなかった。 心配いりませんよ、と隼人に手を伸ばせば頷いて素直に手を繋いでくる。 これは家族からの過剰なスキンシップの中で育ったため身についてしまったものだ。 歩きだし自然と繋がれた手に気づくと隼人は慌てて手を離して周囲を見まわした。 あからさまな動揺の動きが骸の感情をゆらす。 「やはり僕と親しいと思われるのは嫌ですか?」 「え、嫌?」 「いえ、なんでもありませんよ」 骸が自虐的に微笑するとわけがわからないといった顔をしていた隼人が腕を掴んできた。 「嫌じゃねーよ!オレ骸のこと好きだぜ!?」 「なっ!」 「あっ!」 驚愕して骸があげてしまった声に共鳴するように隼人も声をあげる。 そして口を押さえればまた周囲を警戒するように見まわした。 「隼人君?」 「オレが骸のこと六道先輩って呼ぶようにするとき理由話しただろ」 「ああ、僕の親衛隊があるというやつですね」 骸はその存在を知らないのであまりに非現実的すぎて冗談半分にしか聞いていなかったものだ。 なんでも並盛高校には『六道骸親衛隊』という女生徒によって結成されたファンクラブ的組織があるらしい。 そしてその親衛隊の隊長率いる幹部が徹底した活動を行っているために、骸へ不用意に女子生徒が群がることを抑制しているというのだ。 「学校でなければ問題ないのでは?」 「それが甘いってんだよ。いいか、むく…六道先輩が1年のとき親衛隊長は3年だった。もちろんその人は卒業して、別の人が隊長を引き継いだんだけど」 そこで言葉をきり、また用心深く周囲を確認する。 「卒業生のお姉さま方は、知らぬところで自分達のアイドルにどっかの女がついたりするのを嫌がって『親衛隊の心得』を強化してったんだ」 「はあ…」 半信半疑の骸の返事にちゃんと聞け、と念押しして隼人はその『心得』の中で親衛隊以外の一般生徒にも知れわたっている有名な3ヶ条を教えた。 その1、六道様に告白するときは2人以上で抜け駆け禁止。 その2、六道様へ過剰に触れるなどという暴挙を許さず。 その3、六道様の隠し撮りなどプライバシーを無視した行為は御法度。 「徹底してんだよ」 「なるほど」 そんな組織が本当にあるのだとしたらなんとも熱心なものだと、自分のことなのにどこか傍観者の心地で骸は頷いた。 言われてみれば告白をしてくれる女生徒は2・3人で現れひとりずつ告げたあとそろって骸の返答を求めてくる。 最近の女子高生の恥じらいと流行なのだろうかと思っていたが違ったようだ。 「女の嫉妬は怖いからな、並高生ならそうそうこれを破ろうってやつはいない。ちなみに3年生が骸君、2年は六道君、1年は六道先輩、と呼び名も決まってる」 「はい…そうでしたね」 それは春に、進学した隼人を祝った席で言われたことだ。 これから骸が卒業するまでは不用意に名前で呼ばないようにする、と。 「このあたりはまだ並高の生徒も多いあたりだから、どこに親衛隊がいるかわかんねぇだろ?オレはなに言われてもいいとして、変な噂とかで骸やダチに迷惑かけんのはなぁ…」 「君は優しい子ですからね。すみません、僕ももっと気をつけるべきでした」 「いいよ!オレが適度に距離保ってればむく…六道先輩は普通にしてて」 「そうですか?」 こくこくと可愛らしく頷く隼人に、感情を抑えきれず骸は滅多にない照れ笑いをして見せた。 その少し幼く見える綺麗な笑顔に隼人はこっそり頬を染める。 幸か不幸か、夕陽が沈みかけた住宅街でその情報を骸が入手することはなかった。 人の注目を集めるというのは大変なことなのです '09/2/11 <<戻(にせきんか) |