【3】 「さあ、僕の奢りだから好きなものを注文していいよ」 そう言われて渡されたメニューを見て獄寺は眼を細めるしかない。 桁が違うとまではいかないが相場以上の値がそこに並んでいた。 友人2人と話しながら学校帰りに3時間以上いりびたる馴染みのファミレスとはわけが違う。 おちつきのある店内はほんの少しだけ照明の明度をおとしてシックな色あいと雰囲気をつくりだしている。 聞こえてくるクラシックは耳障りなだけのポップ・ミュージックよりずっと獄寺の心を穏やかにさせた。 なんとなく、対面に座る男の好みそうな店だと実感する。 「気にいらなかったかな?」 不思議そうに見つめられてぶんぶんと首を横にふった。 嘘や体裁ではなく本心からこの店を気にいったのだ。 そう、と少しだけ安心したかのように息を吐いた雲雀を見て獄寺は妙な心地になる。 雲雀もこの店を好いていることは店内に入ったときの彼の表情や纏う雰囲気から気づいていた。 いまの彼は獄寺が知るどのときの雲雀よりも穏やかで、言い方をかえれば優しそうともとれる。 なんとなく、この居心地のよさを壊すのはもったいないと思った。 雲雀がここまでしてくれるのは、獄寺が少なからず彼に対して好意をもっていると思っているからだろう。 傍若無人と名高い風紀委員長様も自分を好いている相手には好感をもつということだ。 ここで獄寺が「あの告白は間違いだった」と言えばこの穏やかな雰囲気も雲雀の優しげな表情も崩れ、もしかしたらあの必殺のトンファーがこの場で炸裂するかもしれない。 獄寺は間違いを伝えて殴られる覚悟をしていた。 痛いことが好きなわけではないが、この場合雲雀が怒るのは至極当然のことだと思うから。 だから殴られるのならあまんじてうけようと。 それに対して恐怖はない。 ただ、珍しい雲雀恭弥の姿を見て、この意外な一面を簡単に失うのは寂しいと思ったのだ。 「レモネードとドーナツひとつ…」 「それでいい?」 「おう」 獄寺にしては控えめなものだったが、それを聞いた雲雀はウエーターを呼んで自分の分としてブラックコーヒーを一緒に注文した。 「で、僕に話って?」 「あ…ヒバリ、先輩からどうぞ」 いきなりきりだす勇気はなくて獄寺は言葉を濁す。 注文したレモネードもまだ届いていないのに殴られて入院は獄寺でも辛いのだ。 「クッキー、美味しかったよ。ありがとう」 「っ!!」 雲雀の言葉に獄寺は思わず立ちあがった。 血が頭に向かってのぼってくるようで頬に熱を感じる。 獄寺が雲雀の胸元に押しつけて回収もしないまま立ち去ったあと、あの包みの行方など忘れかけていた。 たとえ思い出したとしてもそれが雲雀の胃袋に消えるなど獄寺は思ってもいなかったのだ。 「捨てなかったのか!?」 「君がくれたものを、どうして捨てる必要があるの?」 ほら座りなよ、とうながされおとなしく着席するも獄寺の鼓動はおちつくどころか騒がしくなる一方で。 あれは大好きな沢田のために獄寺が前夜、丁寧に焼きあげて想いを込めて包んだものだ。 本当は沢田に食べてほしかった。 怒りと戸惑いが獄寺の頭と心臓を支配する。 この男ではないのだ。 美味しかったと微笑んでほしい相手は雲雀ではない。 獄寺のいまの思考は理不尽極まりないものだった。 冷静さを欠いている獄寺にもそれは理解できている。 だからこそ、それ以上が言えなくて俯くしかなかった。 膝の上で両手を握り締める。 間違えたのは獄寺で、クッキーの包みを落としたのもそのことを忘れていたのも獄寺で、それを拾ってわざわざ食べてくれた雲雀にはなんの非もない。 ましてや彼はいま獄寺の作ったものに対して賛辞を述べたのだ。 怒りをぶつける相手が間違っている。 「獄寺隼人?」 「…バリ先輩、オレ、あなたに謝らなきゃいけないんです」 獄寺が顔をあげて雲雀を見つめた。 決意のこもった翡翠の瞳には涙が溜まっている。 獄寺は瞬きをして視界をクリアにすると、戸惑いの表情を見せる雲雀にすべてを語るため口をひらいた。 心に正直に、でも相手への気遣いは忘れてはいけません '08/5/28 <<戻(にせきんか) |