【序章】 「すっ好きです!オレと付き合ってください!!」 教室前の廊下で、心臓が飛びでるくらいに緊張して委員会が終わるのを待っていた獄寺は、扉が開いた瞬間でてきた相手に向かって見本のような最敬礼をしながら手作りクッキーの包みをその胸元につきだした。 ぎゅっと眼を瞑っていたのは、恥ずかしすぎて相手の顔を見れなかったからだ。 獄寺はそれを心底後悔することになる。 「なんなの突然。君…」 邪魔だよ、とつづくはずだった言葉を雲雀は飲み込んだ。 いままで真下を向いていた女生徒がゆっくりとその顔をあげたからだ。 顔にかかっていた銀の髪がさらさらと左右にわかれ、雪のような白い肌にうっすらと上気した頬、柳眉を八の字にして不安そうに見つめてくる印象的な翡翠色の瞳は、潤んで涙までたまっている。 雲雀の耳にどこからともなく教会の鐘の音が聞こえた。 当然そんなものは幻聴でしかないのだが、雲雀はそれほどの衝撃をうけたのだ。 「なになに、どうしたの?」 見つめあって黙りこんでいる2人に教室内から声がかかった。 扉の前でたちどまっている雲雀のせいで出口を塞がれてしまった生徒だ。 校内でもっとも恐れられている風紀委員長の雲雀恭弥に、堂々と話しかけられるのは彼くらいのものだろう。 現に前と後ろに用意された出入口の前方を雲雀が選んだ時点で、他の生徒は後方の扉から廊下にでている。 そして獄寺の告白を聞いた者は何ごとかと興味をもち、遠巻きに彼らを見物していた。 雲雀が塞いでいる扉の隙間からひょっこりと顔をだして、獄寺を視界にいれるとその生徒はにっこり笑う。 「あれ?隼人ちゃん、こんにちは」 「さ、沢田先輩!?」 雲雀を見つめてじっと黙っていた獄寺はその声に勢いよく背筋を正し、顔を真っ赤にして硬直してしまった。 そのとき手元から包みを落としたことにも獄寺は気づかない。 「なにかあったのかな?」 優しく問いかける沢田を見ながらみるみる泣きそうな表情になった獄寺は、ぶんぶんと首をふって綺麗に一礼すると廊下を走り去った。 「な、なんでもありません!!スイマセンっ!」 「あ、隼人ちゃん?」 呼びとめる間もなく丈の短いスカートをふわりとゆらして行ってしまった獄寺を見て、沢田はため息をついてから楽しそうに微笑む。 「ね、ヒバリ。いまのなんだったの?」 いまだに身動きしない雲雀の肩に沢田が手を置くと、彼はゆっくり屈んで何かを拾いあげた。 「あの子がね」 「うん?」 ぼそりと呟いた雲雀の言葉を聞きとろうと首をかしげた沢田を肩越しに見て、その唇が音を紡ぐ。 「これをくれるって言うんだ」 その手の中には可愛らしくラッピングされたピンクの包み。 「え?」 「好きなんだそうだよ…?僕のことが」 その言葉に、沢田の笑顔が凍りついた。 沢田がそれ以上なにも言わないでいると、もう用はないとばかりに雲雀は踵をかえして歩きだす。 その一歩後ろを副委員長の草壁が何も言わずに付き従った。 「哲」 「へい」 「いまの子は?」 「獄寺隼人ですね。服装検査などには毎回引っかかる素行の悪い生徒のひとりです」 「そう…あの子に関するデータを1時間でできる限り集めてもってきて」 「は、はい!必ずお持ちします」 ぴしっと立ちどまって理想どおりの返事をする草壁を目だけで確認すると、雲雀はひとり応接室へと姿を消した。 「獄寺隼人…か」 革張りのソファーに座り、足を組んでローテーブルの上を見つめる。 獄寺の震える手で胸元に押しつけられたさきほどの包みをひらいて、中身をひとつ口に含むと雲雀はひっそりと笑んだ。 校内に響く昼休み終了を知らせるチャイムを聞きながら。 ひとめ見た瞬間に恋に堕ちることを「一目惚れ」と言うんだ '08/4/24 <<戻(にせきんか) |