【存在意義】 「おーすっ獄寺!」 後ろからかかった声にふり向く間もなく、がばっと肩に腕をまわされる。 睨みつけるように見あげればいつものように野球バカが朝からへらへらと笑っていた。 「あー、獄寺またタバコなんて吸ってるのな!身体に悪いからやめろって…げほ、ごほっ」 もうお決まりとなった文句でオレの喫煙を非難しようとしたそいつに向かって紫煙を吹きかけてやる。 不慣れな煙にむせたそいつを見てざまーみろと笑った。 同居している自称オレの保護者も、タバコなんて吸ってると元気な子供が産めないとか言ってたが余計なお世話だ。 この生涯で、子供を産むつもりは欠片もない。 なによりオレは女として生きる道を棄てたんだから。 「それくらいにしてあげてよ、獄寺君」 むせすぎてしゃがみ込んでいる山本を見おろしていたら横から控えめな声がかかった。 穏和な笑みを困ったように崩している沢田さんのお姿に、朝から騒ぎを起こしたことへの謝罪を述べる。 「あ、うん。それはいいんだけど…遅刻するといけないからそろそろ行こうか」 へらりと、沢田さんのほわほわしたようなやわらかい微笑みは愛に溢れたものだ。 いいな、と思う。 羨ましいとかそういうんじゃなくて、なんか綺麗だ。 愛されて、愛して生きてこられたんだなってわかるような幸せな笑みは、見ていてとても穏やかな心地になるから。 この方の笑みはまわりにも幸せをわけ与えられるようなお力をもっているんだと思う。 魅力的な人だ。 沢田さんならボンゴレ10代目の大役も十分にこなしていける。 そう確信したから、オレはいまここにいるんだ。 転校当日、この銀髪が生意気だとケンカを売ってきた先輩を相手にしていたとき落としてしまったダイナマイトから救われた瞬間に。 あの日は体調が悪くて機嫌もよくなかった。 平和そうに笑う大勢の人間にもストレスが溜まる。 教室に案内されて紹介されて、沢田さんしか見ていなかったから机にぶつかってしまったことにすらイラついて授業をサボることにした。 校舎裏で昼寝を決めこんでいたところにやってきた不良らしき先輩方。 もう暴れてしまおうととりだしたボムの音に気づかれたらしい沢田さんが、校舎から走ってこられるのを見て驚いた手から滑り落ちたオレの武器。 彼は火のついたそれを素手で消して見せた。 これからボンゴレを守っていく、逞しくも大切な手で。 この方のために、オレの命を使おうと強く決意したんだ。 ボンゴレのためにも。 自分の力でマフィアになると決めたとき、どこのファミリーも相手にしてくれなかった中でボンゴレ9代目だけが違った。 オレを女と知ったうえで、性別を伏せてボンゴレの正式な部下に迎えいれてくださったんだ。 アネキのように家柄の後ろ盾がないオレは、この年でさらに女だということがどういうことなのかくらい知っていた。 女であることを利用してマフィア界でのしあがる方法も当然あった。 でも、それはオレが望んだものじゃない。 ファミリーの一員として力を使いたい、というオレの願いも9代目は汲んでくださったんだ。 ボンゴレ内部でもオレが女だと知っているのは9代目だけ。 お優しい9代目はオレを次期ボンゴレの婚約者に、と言ってくださったけれど。 女をやめたオレにその資格も権利もないから丁重にお断りした。 日本に来て、沢田さんを守れる立場になったことを誇りに思う。 婚約の件を断ったのが正解だったこともすぐにわかった。 沢田さんはそのあたたかい心で、すでに慈しむ相手を見つけていらしたから。 幸せになってほしい。 オレは彼を守るためにこの世に生を享けたのだと、そう思いたかった。 だから今日も沢田さんの右腕として認めてもらうためにこの力を使う。 沢田さんと談笑する山本を見て小さくため息をついた。 気持ちに追いつかない体力と筋力を自覚するたびに、なぜオレは女なのだろうとどうにもならないことを考える。 山本と比べればよくわかる頼りない手足。 足りない体力、敵わない筋力、このままでは右腕失格だといつだって危機感を感じていた。 男になりたいとは思わない。 ただ、女に産まれたくはなかっただけ。 平和な日本の青空を見あげて、気合をいれるために早朝の空気を吸いこんだ。 必要なのは強く願う心だと誰かが説いた '08/4/24 <<戻(すいれん) |