2008

□それ以外なにも望まない
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【それ以外なにも望まない】



「泣くんじゃねーよ、ランボ」

血の気の失せた顔でそれでも、あなたは微笑んだ。




綺麗な人だ。

その姿もさることながら、強く凛々しい魂そのものが美しい。
だからこんなときでも、この人は綺麗なままなんだ。

血と硝煙の臭いがたちこめる空の下。
無機質な武器、醜い屍、生暖かい風に囲まれた大地に2人。

馬鹿みたいに動揺した頭で、いま考えるべきことなんてなにも考えられなくて、視界は自分の涙でぼやけてばかり。
見えなくなってしまう。

見えなくなってしまう。



あなたが見えなくなってしまう。



「いやだよ、ハヤト…いやだ、いやだぁ」

駄々っ子だ、まるで。
いつまでも泣き虫なまま。
なにもできなくて、迷惑ばかりかけて。

役に立たないアホ牛。
なにも変わってないじゃないか。



あなたの胸元が、紅く染まっていきます。



悔しさに涙が滲む、握り締めた手の平が痛い。
きっと爪が食い込んでしまってる。

でも、この手を開けない。
だって震えが止まらなくなってしまう。



もうなにも見えません。



「嫌だ、いやだよ」

いつものように頬を伝っていく涙。
いつもと違うのは拭ってくれる指がないこと。

あなたはもう、指を動かすことなんて。

「な、ランボ」
掠れてしまった声が苦しそうな呼吸の合間をぬって、風のように耳に届く。
綺麗な声だったのだ。
あんなにタバコを吸っていてなお、とても澄んだ声をしていたのに。

「がまん、だろ?」
しっかりしろって、お前はボヴィーノのボスになりたいんだろ。
隼人がオレを慰めるときに使う常套句。

あぁ、なんということだろう。
こんなときでもあなたはオレのことばかり。



「ね、ハヤト…ここから帰ったらどこかに旅行に行こうよ」
「ラ、ンボ…?」

そうだ、ジャポーネがいい。
キョウトにまだ行ったことないんだ。
ホッカイドウも行きたいね。

「ラン、ボ、はや…逃げっ」

ほかにも、あっハヤトの中学校に行こう。
オレは覚えてないけど、いい学校だったでしょ。

「まだ、敵が…」

やだな、ハヤト。
もうすぐ増援がくるんだよ。
ボンゴレの勝利は確定してる。

「おまえ、だけ…でも」
「ハヤトも一緒じゃなきゃ、嫌だよ」

咎めるような視線が痛い。
その眼光は昔から相変わらず、迫力があってオレを怯えさせる。
でも、いまは怖くない。

そんなことより怖いものがある。



「ラ、っボ!」



こんなところで終わらせない。
この人をここでうしなうわけにはいかないんだ。

愛しい人。

「いけっ」
「いやだよ」

優しい人。

「オレ、は…もう、っから」
「いやだ」

哀しいくらい。



「こんな大変な抗争を治めたんだから、ボンゴレきっと褒めてくれるよ」
といっても、あの人はもともと隼人には劇的に甘いけど。

「山本さんも雲雀さんも待ってるし」
隼人にこんな怪我させて、オレ殺されちゃわないかな。

「了平さんが増援部隊にいるはずだから」
こんな怪我の治療なんて簡単だよ。

「骸さんもここに向かってるって、朝連絡があったじゃない」
こんなところで寝転んでたら、悪戯されちゃうよきっと。

「ねぇ、ハヤト」

もっと、もっと幸せになるべきなんだ。
あなたは。

こんなに多くの人に愛されていること、知らなきゃいけない。



かみさま。

神様。



この人が生きていけるなら、オレはもうなにも望みません。
二度とこの人と逢えなくたってかまわない。

この人が笑っていられるなら、幸せになれるなら、オレは傍にいられなくてもいいです。
この人を幸せにするのが、オレでなくてもいい。

本当は凄く嫌だけど、がまんします。

だから、だからこの人を。
哀しいくらいに優しい、この人をどうか助けて。

「ハヤト、オレもう泣かないよ」

だってボヴィーノのボスになるんだ。
だから、ねぇ。

もっと幸せになってください。



必死の止血が終わったころ、後方から増援部隊の足音が聞こえた。


オレのすべてであなたが幸せになれるなら

'10/1/7


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