【それ以外なにも望まない】 「泣くんじゃねーよ、ランボ」 血の気の失せた顔でそれでも、あなたは微笑んだ。 綺麗な人だ。 その姿もさることながら、強く凛々しい魂そのものが美しい。 だからこんなときでも、この人は綺麗なままなんだ。 血と硝煙の臭いがたちこめる空の下。 無機質な武器、醜い屍、生暖かい風に囲まれた大地に2人。 馬鹿みたいに動揺した頭で、いま考えるべきことなんてなにも考えられなくて、視界は自分の涙でぼやけてばかり。 見えなくなってしまう。 見えなくなってしまう。 あなたが見えなくなってしまう。 「いやだよ、ハヤト…いやだ、いやだぁ」 駄々っ子だ、まるで。 いつまでも泣き虫なまま。 なにもできなくて、迷惑ばかりかけて。 役に立たないアホ牛。 なにも変わってないじゃないか。 あなたの胸元が、紅く染まっていきます。 悔しさに涙が滲む、握り締めた手の平が痛い。 きっと爪が食い込んでしまってる。 でも、この手を開けない。 だって震えが止まらなくなってしまう。 もうなにも見えません。 「嫌だ、いやだよ」 いつものように頬を伝っていく涙。 いつもと違うのは拭ってくれる指がないこと。 あなたはもう、指を動かすことなんて。 「な、ランボ」 掠れてしまった声が苦しそうな呼吸の合間をぬって、風のように耳に届く。 綺麗な声だったのだ。 あんなにタバコを吸っていてなお、とても澄んだ声をしていたのに。 「がまん、だろ?」 しっかりしろって、お前はボヴィーノのボスになりたいんだろ。 隼人がオレを慰めるときに使う常套句。 あぁ、なんということだろう。 こんなときでもあなたはオレのことばかり。 「ね、ハヤト…ここから帰ったらどこかに旅行に行こうよ」 「ラ、ンボ…?」 そうだ、ジャポーネがいい。 キョウトにまだ行ったことないんだ。 ホッカイドウも行きたいね。 「ラン、ボ、はや…逃げっ」 ほかにも、あっハヤトの中学校に行こう。 オレは覚えてないけど、いい学校だったでしょ。 「まだ、敵が…」 やだな、ハヤト。 もうすぐ増援がくるんだよ。 ボンゴレの勝利は確定してる。 「おまえ、だけ…でも」 「ハヤトも一緒じゃなきゃ、嫌だよ」 咎めるような視線が痛い。 その眼光は昔から相変わらず、迫力があってオレを怯えさせる。 でも、いまは怖くない。 そんなことより怖いものがある。 「ラ、っボ!」 こんなところで終わらせない。 この人をここでうしなうわけにはいかないんだ。 愛しい人。 「いけっ」 「いやだよ」 優しい人。 「オレ、は…もう、っから」 「いやだ」 哀しいくらい。 「こんな大変な抗争を治めたんだから、ボンゴレきっと褒めてくれるよ」 といっても、あの人はもともと隼人には劇的に甘いけど。 「山本さんも雲雀さんも待ってるし」 隼人にこんな怪我させて、オレ殺されちゃわないかな。 「了平さんが増援部隊にいるはずだから」 こんな怪我の治療なんて簡単だよ。 「骸さんもここに向かってるって、朝連絡があったじゃない」 こんなところで寝転んでたら、悪戯されちゃうよきっと。 「ねぇ、ハヤト」 もっと、もっと幸せになるべきなんだ。 あなたは。 こんなに多くの人に愛されていること、知らなきゃいけない。 かみさま。 神様。 この人が生きていけるなら、オレはもうなにも望みません。 二度とこの人と逢えなくたってかまわない。 この人が笑っていられるなら、幸せになれるなら、オレは傍にいられなくてもいいです。 この人を幸せにするのが、オレでなくてもいい。 本当は凄く嫌だけど、がまんします。 だから、だからこの人を。 哀しいくらいに優しい、この人をどうか助けて。 「ハヤト、オレもう泣かないよ」 だってボヴィーノのボスになるんだ。 だから、ねぇ。 もっと幸せになってください。 必死の止血が終わったころ、後方から増援部隊の足音が聞こえた。 オレのすべてであなたが幸せになれるなら '10/1/7 <<戻(よみきり) |