2008

□ある昼下がりの話
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【あるひるさがりの話】



「…、…」

タバコの煙がファミレスの天井に向かって伸びていくのを眺めていました。
長い指がとんとん、と灰皿に吸殻を落としてそれがまた口許に運ばれるのを追いかけます。

「…、…」

さらりと流れる銀の髪、伏せがちの翠玉の瞳。
昼下がりのこの時間にこんな穏やかな彼を眺めることができるなんて思いもしませんでした。

「…、…」

「…おい」
「はひ、ぁっ」
綺麗な音が不機嫌に発せられたのでビックリして、両手で持っていた紅茶のカップをゆらしてしまいました。
「っのバカ」
カップをとりあげられて手をとられます。
見あげた彼の表情があまりにも心配そうで、優しくて思わず笑ってしまいました。

「なんだ。もう随分冷めてるな…なに笑ってんだ、アホ」
「ハルは、アホじゃありません」
「あ?アホ面さらしてぼうっとしてたからこんなことになんだろが」
「うっ」
だってそれは、あまりにもないことだからいまのうちに堪能しようと思ってしまっただけで。



いつもマフィアの仕事で忙しい獄寺さんに休日や祝日やまして連休なんてものが存在するはずはありません。
当然あえるのは夜、酷いときは深夜になりますし仕事場に泊まりこみなんて珍しくもありません。
そんな彼が「昼すぎからあえないか?」と連絡をくれたのです。

ハルがこれに喜ばずしていつ喜べというのでしょう。
だからこうして待ち合わせのファミレスで、ハルが紅茶を飲み終わるのを待っててくれてる獄寺さんなんてどれほどのレア度かという話なんです。

「もう行けんのか?」
「あ、大丈夫です!」

「ん」
すっと伝票をもって先に行ってしまう彼をゆっくり追いかけました。
会計を済ませた彼は絶妙のタイミングで店の扉を開けてハルをエスコートしてくれるのです。
10年間で、ハルもすっかりエスコートされることに慣れてしまいました。



「どこに行くんですか?」
彼の腕をからめて見あげると悪戯を企む子供の顔で笑います。

「まずはプレゼント探しだな…それからケーキ屋でモンブラン買って、ディナー」

「…それって」
「ん?」

どうしましょう。

今日は何日でしたか。

そんなまさか、曜日感覚どころか下手したら月感覚もないような忙しい日々をおくる獄寺さんがこの日を覚えていて、仕事をきりあげてまで一緒にすごしてくれるなんて。

そんな。

思わなかったから。

「なにがいいか考えてあるか?」
もう首をふることしかできません。
息が詰まって。
嬉しすぎて。

これだけでも十分です。

「誕生日おめでとう。ハル」


ああ、こんなに幸せだなんて

'09/5/3


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