2008

□壁に耳あり
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【かべにみみあり】Side-HAYATO



『ヒバリ、ヒバリ!』

ぱたぱたと黄色い物体が飛んできたかと思えば、それは人の頭上でぐるぐると飛びまわりはじめた。



眩しいくらいの陽射しがふりそそぐ、天気のいい午後。
こんな日に閉めきった教室でつまらない授業をうける気にもなれず、屋上でサボりを決めこんでいたところにやってきたそいつ。

座ってフェンスによりかかっていた身体を起こして、姿を確認しようと見あげてみる。

『ヒバリヒバリ、ヒバリ』
ぐるぐるぐる。

飼い主の名前を一心不乱に叫びつづける小さな鳥。
もとはヘンタイ男バーズの飼い鳥だったこいつが、いつのまにかあいつに懐いていたことには驚いたけど、なかなか大切にされているらしい。

『ヒバリ!ヒバリ』

飽きもせずにその固有名詞をさえずる黄色い鳥。
もしかして、その単語が飼い主の名前であることを知らないのだろうか。
耳にした言葉をそのまま音にしているだけだというのなら迷惑な話だ。

賢い鳥だと思っていたが所詮は鳥だったということなのか、もしくは飼い主の教え方に問題があったのか。

「それが鳴き声だってーなら、あんま可愛くねーぞ」
呆れてそう声をかけてみた。
伝わるとは思っていないから半ば以上独り言だったけれど。

『ヒバ…』

ぴたりと、甲高いその音が途切れる。
ぱたぱたぱた。
頭上でまわりつづけていたそいつが、ぽんっと人の頭にとまった。

「おい、こら…」
飛びつかれたのか、可愛くないという言葉に憤慨したのか。
普通なら前者だが、タイミングのせいで後者にも思えて悪いことを言ったかと頬をかく。

「オレの頭にとまんなよ」
こんなところ他人に見られたらと思うと笑えない。
オレの頭の上にちょんとおちついて座り込んだ小さな鳥という図は、想像の中だけでも勘弁してもらいたいところだ。

なんというか、アホっぽいだろ。

そういえばあいつの頭にとまっているところをよく見かける気がする。
頭の上が好きなのかもしれない。

「おら、こっちこいよ」
真上にいるのでは見ることもできないが検討をつけて手を伸ばす。
指にでものってくれればありがたい。

『ハヤト!』
「!?」

ぴょんと、指に重みがかかったのと同時に鳥が鳴く。
聞き間違いでなければオレの名前を。

ゆっくりと指を目の前にもってくれば、黄色いふわふわがのっていてオレンジのくちばしをかちりと鳴らした。



『ハヤト、ハヤト!ハヤト、ヒバリ、ハヤト!』

楽しそうにも見える。
小さく左右に揺れながらオレの名前を連呼して、思い出したように飼い主を呼んでいた。

「なんなんだよ、いったい」
半眼になって呟く。
こいつは飼い主とどんなやりとりをしてこの言葉を覚えたのか。

『ハヤトハヤト、ハヤトスキ!』
「?」

『スキスキ、ハヤト、ヒバリスキ』

ゆらゆら揺れる小動物は可愛かったので、つついたりして遊んでいたのだが、黄色いそれはオレの名前以外になにか言いはじめた。
しだいに単語が言葉になりだす。

『ハヤトスキ、ヒバリ!ヒバリヒバリ、ハヤトスキ!スキスキ!ダイスキ』

「まてまて、おちつけ。オレがヒバリを?…ヒバリが、オレを?」

『ダイスキ!』

ワオ、ナイスタイミング。

「…あ、あいつの口癖が…」
口にださなかっただけマシとはいえ、口癖がうつっているなんてまじめにショックだ。

「ったく…なにやってんだよ、あいつ」

『スキスキ、ハヤトダーイスキ!』

いまださえずる鳥を指にのせながら、あいてる手で顔を覆う。
なんて恥ずかしいやつだ。

でも、それが嬉しくて顔がにやけてしまうオレも、大概だと思った。



黄色い鳥が、青空にむかって高らかに鳴く。

『ハヤトスキスキ、ダイスキ!』

「ああ、そうだ」
この言葉は早く忘れさせないとな。

誰かにこんな言葉聞かれたら恥ずかしくてイタリアに帰りたくなっちまう。


黄色い鳥が嬉しそうに飛びまわって愛を囁きつづけた

'08/9/27


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