【些細な主張】 かちゃ、と小さな音がして書類だらけなオレのデスクにカップが置かれる。 「ありがとう」 「いえ、お疲れでしたら5分ほど休憩なさいませんか?」 にっこりと笑うオレの優秀な右腕。 その笑顔を見てからちらりとカップに視線を向けると、中ではいつもと違う茶色い液体が揺れていた。 知らず頬がひきつる。 「ねぇ、隼人…」 「はい。なんでしょう」 にこ、可愛い笑顔を向けられると思わずオレも笑いかえしてしまってなにも言えなくなった。 小さく息を吐いて本日3度目のホット・チョコレートを飲む。 疲れたときには甘いもの、とは言うけれどちょっと多すぎだ。 なにを思ったか隼人は朝からこんなものばかりオレにだしてくれた。 寝起きにホット・チョコレート、朝食とガトーショコラ、休憩にとまたホット・チョコレートにチョコチップクッキー、ランチのデザートにはチョコケーキ。 どれもが絶品で、お菓子好きのオレとしては嬉しいはずなんだけど美味しいものも一日で食べるのは辛いんだと身をもって教えられた。 体内に甘味が蓄積されてる気分だ。 もう甘いものは十分だよ、と言いたいのにオレの執務室に設置されているソファーの前のローテーブルに着々と準備される茶菓子はこれまたチョコレート。 はじめこそ気分転換的なものなのかと思っていたけど、さすがに嫌がらせとしか思えない。 隼人がオレに嫌がらせ、なんて。 「オレ…君を怒らせてるのかな」 かちゃん、とダンスのように優雅だった動きが崩れてお皿とテーブルが不協和音を奏でた。 真っ白い皿の上をトリュフが転がる。 その皿のさき、透ける白い肌に赤みがさした。 ああ、違う。 これは怒ってるんじゃなくて。 「隼人が拗ねてる」 確信をもって感想を述べるように言葉を発すれば隼人の頬の赤みは増した。 「ね?可愛い隼人、拗ねないで」 デスクを挟んで向かいあう状態のまま手をさしだせば困ったように眉をよせて隼人が不満を訴える。 なんて愛しい存在だろう。 「ごめんね。オレはダメツナだから君がどうしてそうなってるのかわからないんだよ…教えてくれないかな」 自分にできる最高の笑顔で優しく問いかけた。 隼人はオレの言葉に否とは言えないから少しずるいけど、愛する彼のすべてを理解したいと思うのはきっと当然の思考。 「だって、10代目が気づいてくださらないから」 「そっか。オレは本当にダメダメだね。君のことなのに気づけないだなんて」 「そんな!…10代目はお忙しくてオレなんかのことを気にかけてばかりいられないのはわかってるんです」 左右に首をふって俯きはじめてしまった右腕に、ゆっくりと近づいていく。 今日の彼は素直だ。 公私を混同したりしないはずなのに、いまの隼人は部下より恋人の状態に近い。 仕事関係で拗ねるなんて子供っぽい仕草は優秀な彼にありえないから、これは絶対にプライベートなことだ。 そんな自分を自覚して部下としての部分がその感情を恥じてるんだろう。 オレに指摘されて動揺してる。 耳まで真っ赤だ。 「最近は特に慌しくて、あなたは立派な方だからダメなのはオレのほうで…やっと騒動も終わってこうしてすごせてるのにそれだけで満足できないなんて、そんなこと」 「満足?」 見つけた、ここが隼人の綻びだ。 「あ…」 小さく震えて綺麗な顔をあげる。 そんな不安そうな表情する必要ないのに。 「オレはボスとしても恋人としても、君を誰よりも幸せにしてあげたいよ」 「…はい」 「隼人が足りないって言うなら何度でも抱きしめて愛してあげる、それでも満足できないならたくさんの言葉と形を残そう…いまの君に必要なものは、なに?」 指どおりのいい銀の髪を撫でて囁く。 視線の定まらない翡翠色の瞳がオレを見つめてはそらすを繰りかえした。 しばらくそんな隼人を眺めていると、彼が意図をもって見つめているのがオレとその背後のデスクだと気づく。 デスクの上には書類以外になにか彼の興味をひきつけるものがあっただろうか。 「…チョコレート」 びくっと隼人の細い肩がゆれた。 そうか、お菓子じゃないんだ。 「チョコレートだったね」 これ以上ないってくらい赤くなってしまった隼人の顔。 「朝からそう、ずっと隼人はチョコレートをオレにくれたんだ。オレのためのチョコレート!オレが気づかないから…気づいてほしくて?」 はじめのホット・チョコレートだけだったんだ。 オレがそこで気づけばきっと華のように微笑んでくれたのに。 気づいてほしい想いが、頑固な隼人の意地も手伝ってこんなことになってしまったんだろう。 「日本育ちのオレにもわかるようにチョコを選んで贈ってくれた。君にお礼と愛をかえさなきゃいけなかったんだ」 「じゅ、だいめ…オレ」 恥ずかしさが限界のようで、瞳まで潤みだしてる隼人の頬に手を滑らせると俯きたがったので両手で包んで阻止する。 「Ti amo…隼人、ありがとうチョコレートおいしかったよ」 「は、はい」 「忙しかったなんて言い訳だね。君はオレのためにこの日を覚えててくれたのに、オレが忘れてるなんて最低だ」 言えば自由のきかない状態でふるふると首をふる。 その姿に苦笑して啄ばむようにキスをした。 そのまま後ろのソファーに座らせて、オレも片足を乗せて覆いかぶさるように向かいあう。 「大好きだよ隼人。オレなにも用意してなくてごめんね」 「いいんです。オレが勝手にしてることですかっん゙!?」 テーブルのトリュフをひとつ隼人の口に押しこんで、チョコのついた唇を舐めれば困惑しながらも応えてくれた。 角度をかえて寸分の隙もないように深く唇をあわせる。 舌を絡めれば溶けていく今日何度も味わったはずの甘味は、いままでで一番甘くて美味しかった。 「いまからありったけの愛をあげるね」 こんな可愛いことしてくれるなんて '09/2/22 <<戻(よみきり) |