【7】 「ところで今日のこと、恭弥君にはきちんと訂正できましたか?」 「うっ!」 その言葉でさっきまでの自分の愚かさを思いだした隼人は縋るように骸を見つめる。 隼人は親しくしてくれる優しい骸についつい頼ってしまいがちで、彼の友人に恋していると口を滑らして以来、相談相手になってもらっていた。 騒動の元凶である昼の委員会会議には骸も参加していたので大体の事態は理解している。 そして放課後の校内ではふたりがデートをするらしいという話が噂として流れてきた。 それゆえの骸の質問で、隼人は無意識に不安を訴える。 「実は…」 「おやおや、そんなことが」 「うん」 骸はどこか楽しそうに隼人の話を聞いていた。 しょぼんとしてしまった隼人の頭を撫でて骸は思案するように片手を口許へあてる。 「隼人君、手紙は添えなかったんですか?」 ばっと隼人は顔をあげた。 驚きに見開いた翡翠の瞳に骸をうつして、小刻みに震えだす。 「ちゃんと、書いたんですね」 骸の確認にこくんと頷き、困惑に眉をよせた。 「クッキーの包みと一緒にラッピングしたから落とすはずない。ヒバリ、先輩はクッキー食べたって言ったんだ…カードだけ読まなかったのか?」 「どうでしょうね。それは僕にはわかりませんが今日はもう遅い。明日確認しましょうか」 つきそいますよ、と言う骸の申しでを断って隼人は拳を握る。 「もし読んでたなら気づくはずだよな。そうじゃなくてもおかしいと思うだろうし、なんて聞かれなかったんだろう」 聞きたくなかったのでは、という考えを口にださずに骸は曖昧に笑った。 綱吉の前になると思うように行動できなくなる隼人の極度のあがり症を理解していた骸は、告白を決意した隼人に小さな助言をしている。 もし言葉で伝えられなかったときのために、紙に書き残してはどうか、と。 それを聞いた隼人はプレゼントの手作りクッキーと一緒にメッセージカードを添えた。 「綱吉先輩のことが好きです。隼人」 書くだけでも緊張して少し震えてしまった字で、必死に綴った精一杯の恋文。 間違いなくクッキーと共にピンクのラッピングを施した。 だから、恭弥がそのカードを読んでいるならこんなことにはなっていないはずなのだ。 「確かめなくちゃ…それにちゃんと謝って、なかったことにしてもらわなきゃ」 「そうですね」 恭弥の執着の様子をみれば、なかったことにはならないだろうと思ったけれど、骸は隼人を安心させるようにその髪を撫でた。 「隼人君ならできますよ」 それが自分の恋の終末を意味していても、骸は叫びだしたくなるような感情を抑えて微笑む。 そうすれば隼人は幸せそうに笑うから。 「今日は余計なこと考えずにちゃんと寝るんですよ?」 「ん!」 「その可愛らしい顔にクマなんてつくってたら保健室の刑です」 「げーっちゃんと寝る!」 「はい。そうしてください」 素直な隼人に笑顔はたえない。 保健室の刑とは隼人が苦手な養護教諭がいるからこその言葉だが、どうやら効果はあるようだ。 無駄にフェロモン垂れ流してるようなあの男も、たまには役にたつのだなと仮にも目上の人間に対して失礼なことを考えながら骸は視線を前にうつした。 賑わう人の声と帰宅ラッシュの波が見える、夕暮れ時の商店街だ。 「おいしいナス!」 「僕はトマトがほしいです」 「はいよ!」 八百屋のおじさんの元気な声。 「久しぶりだね、隼人ちゃん!武君は一緒じゃないのかい?」 奥から恰幅のいいおばちゃんが顔をだした。 「山本?部活じゃねーかな」 並盛商店街には人気の寿司屋がある。 その竹寿司大将の息子が隼人に絶賛片想い中の山本武。 商店街の住民は自分の息子のように可愛がっている武のだだもれな恋を応援していた。 武に対する興味がなさそうな隼人の言葉におばちゃんはこっそりため息をつく。 「そっちのお兄さんはもしかして彼氏なのかな」 色恋に疎い人間はどこにでもいるもので、八百屋のおじさんはまさにそれだった。 即座におばちゃんが黙らせるがとき既に遅し。 骸は困ったように微笑み、隼人は違うよと言って笑うのだ。 その様子におばちゃんはすべてを理解して、骸にお詫びのトマトをおまけする。 なにもわかっていないおじさんが可愛い隼人にとナスをおまけしてくれたので、2人は礼を言って八百屋をあとにした。 人通りの多い駅前に向かって歩みを進める。 「彼氏だって、む…六道先輩は好きな子いるのにな」 「ええ」 その恋の相手を知らないまま無邪気に笑う隼人を見つめて、骸は苦笑した。 隼人がそれを望むなら、骸は言葉にしないと決めたのだ。 想いは正直でいつだって心をあたため痛めつける '09/2/12 <<戻(にせきんか) |