【1】 「信じらんねぇ…」 5時限目が終わった休み時間、机に突っ伏している獄寺がぐもった声で嘆いた。 「信じられない、はこっちの台詞だって…やっと先輩に告白するって意気込んで昼休みはじまるのと同時に教室飛びだしてったかと思えば、真っ青な顔で帰ってきて」 「雲雀先輩に告白しちゃったって本当なんだね?」 友人の言葉に耳まで真っ赤にしたまま獄寺は頷き、そしてその顔をあげる。 必死で泣くのを我慢しているが大きな瞳からはいまにも涙が零れそうだ。 「何でそんなことになったの?」 「ため息つくなよ、黒川花!オレだってわかんねーよ…沢田先輩のはずだったんだ」 「詳しく教えてくれなきゃわかんないよ、隼人ちゃん」 「京子ぉ…っそれがな!」 呻き声をあげて両手で顔を覆う獄寺に笹川が優しく問いかければ、意を決したように口をひらいた。 「いつだってあの扉を最初に開けてでてくるのは沢田先輩だったんだ」 あの扉とは、さきほどのように委員が集まって定期報告などを行う会議室の扉のことだ。 重要な議題を話しあうときは放課後を利用するが、今回のようにちょっとした連絡会のときは昼休みの時間を使って終わらせてしまうことが多い。 会議を終えた各委員長達は残りの昼休みを満喫しようと我先に会議室をでるのだが、率先してその行動をとるのが生徒会長の沢田綱吉だった。 「生徒会長って普通、一番最後まで残って戸締りとかするもんじゃないの?」 「それは副会長の六道先輩がやってる…」 黒川の疑問に素早く答えた獄寺はそれなのに、とこの世の終わりのような声をだす。 「今日に限ってヒバリ…先輩がでてきて」 勢いよくつきだしたプレゼントと精一杯の告白を、予想外の相手にぶつけてしまったのだ。 「顔くらい確認しなさいよ」 「言うな!わかってくれよ黒川花!!」 「あんた、なんで私のことだけフルネームで呼ぶの?別にいいけど…」 「沢田先輩のあの凛々しいお顔を見たら、告白なんてだいそれたことできるわけないだろ!?」 黒川のちょっとした疑問を今度はさらっと無視して、獄寺はがたんとイスを鳴らしながら立ちあがる。 「神々しいほどの微笑みを向けられてみろ!もうあの方の前で呼吸することすら失礼だと感じてしまう!!」 「大袈裟なのよ、隼人は」 「そんなことねー!だからもう、扉が開いたときには目を瞑っててだな…必死で頭さげてたからなんも見てなくて」 そこまで語ってまた机に突っ伏してしまった美少女の後頭部を眺めながら、黒川はため息をつき笹川は苦笑いするしかなかった。 「もういっそ付き合っちゃう?」 「おまえと?」 「違うわよ!私には図書委員長の牛柄のシャツの人という想い人がいるんだから…あんたが、その雲雀先輩とよ」 「はあ!?」 がばっと顔をあげた獄寺を冷静な顔で見つめながら黒川は話をつづける。 「あんたは知らないだろうけど、顔はいいから結構人気あるのよ?雲雀先輩って」 「理解できねーな」 心底嫌そうな顔をしている獄寺に笹川が笑いながらつけくわえた。 「ほら、雲雀先輩って強い人だから。そういう人に憧れる子っているでしょ?」 「強いったって、あいつ不良の親玉なんだぜ?最悪だろ、風紀委員だし…」 風紀委員長の雲雀恭弥といえば、この並盛高校のみならず並盛町全土にわたって名を轟かす不良の頂点に君臨している男だ。 並盛の学生で、彼の名を知らない者はいない。 その強さは鬼神の如し、とまで言われている恐怖の象徴なのだ。 しかし黒川の言うとおり、その鬼神の姿といったら艶やかな黒髪に同色で切れ長の双眸をもつ女性も羨むような白い肌とひきしまった無駄のない体躯をした美少年。 年頃の女の子が彼に目をつけないはずもない。 いまのところ彼の怒りに触れることを恐れ表立って行動している女生徒はいないが、影で人気のある男なのだ。 「隼人ちゃんって風紀委員と相性悪いもんね」 「相性って言うか…その格好で風紀委員のお咎めなしってわけにはいかないでしょ?」 くすくすと笑いながら天然発言をする笹川に黒川がツッコミながら獄寺の姿を眺める。 首や腕や指に、いくつものシルバーアクセサリー。着崩した制服は膝上何十センチという丈の短いスカート。ここまで派手に校則違反だと、その天然色の鮮やかな銀髪も染めていると思われてしまうのが獄寺と風紀委員の衝突の原因のひとつだ。 「それだけ派手な格好して、胸だけはガードしてんのよね」 黒川が指さすのは、苦しいからと第一ボタンが外されただけの獄寺のシャツ。 「それだけでっかいなら先輩誘惑する武器に使えんじゃないの?」 獄寺ほどでなくても胸に自信のある女子ならば、第二ボタンまであけている生徒は他にもいる。 冗談半分の黒川の言葉に、頬を桃色に染めた獄寺はその豊満な胸元に握った両手をもってきて口をひらいた。 「胸元を見せるなんて破廉恥な!!」 「は、破廉恥ってあんた…」 見た目のわりに純なところはおそらく獄寺の義理の家族が大きく影響しているのだろう。 中学からの友人である黒川と笹川は獄寺の家族とも面識があるのだが、彼らの獄寺への愛情の注ぎ具合は完全に過保護の域だ。 そういった身なりや男性との付き合い方もしっかり教育が行き届いているのだと黒川は知っていた。 「風紀委員なんて乱暴で人の話を聞かない勝手なやつばっかりじゃねーか、その頂点にいんのがヒバリ…先輩だろ?」 「先輩として敬うのも嫌々なんだしね」 「いつも呼び捨てギリギリだもんね」 多少強引に話の軌道修正をした友人につきあって、2人が頷く。 それを見て獄寺が苦笑しながら頬を掻いた。 「まーな。とにかく、付き合うとかぜってー無理!」 握り拳をつくって高らかに宣言する獄寺に冷ややかな眼を向けて、黒川は鋭く指摘する。 「だったら、なんで逃げてきちゃうのよ。あんたの告白聞いてた生徒もいるんでしょ?誤解されたままじゃ沢田先輩に告白し直すこともできないじゃないの」 「うっ…」 告白を終えて緊張していた息を吐いたとき、頭上から聞こえた声に顔をあげてはじめて気づいた自分の間違い。 それを伝えるのはあの場であるのが一番良かったことだと獄寺も気づいていた。 しかし告白するはずだった相手が雲雀の後ろから現れた瞬間、獄寺の頭は真っ白になって何も考えられず、失敗したことへの恥ずかしさから逃げることしかできなかったのだ。 「そうだよな。まずは殴られるの覚悟でヒバリ…先輩に謝って」 「獄寺隼人」 「ふわっひ、ひゃい!」 教室の入口から名前を呼ばれ、反射的に立ちあがった獄寺の視界に雲雀がうつる。 「ヒバリ…先、輩」 呆然としている獄寺に笑いかけて、雲雀は衝撃的な言葉を発した。 「僕達はまだお互いのことを何も知らない。付き合うならそこからはじめなければいけないだろ?だから放課後デートしよう。迎えに来るから教室で待っていなよ」 「え?…ちょっ!」 突然のことに何も言えないでいる獄寺をおいて、満足そうに微笑んだ雲雀は学ランを翻しながら歩いていく。 あとには恐怖の風紀委員長の登場で静まりかえっている教室にひとり立つ獄寺が残された。 「雲雀先輩の笑顔なんてはじめて見たわ」 「私も」 おかしな感心をしている友人の言葉などほとんど聞こえていない獄寺は力が抜けた身体をイスにあずけて頭を抱える。 同時に教室のざわめきが戻ってきた。 「クラス中が聞いてたわね」 「言うな、黒川花…」 「大丈夫?隼人ちゃん」 笹川に弱々しく笑いかけた獄寺は、こくんと頷いてぐっと表情をひきしめる。 「チャンスということにしようぜ。放課後が勝負だ!間違ったことを正直に話して全部白紙に戻す!!」 「白紙にまでできるかわからないけど、まあ頑張って」 「おう!!」 黒川の半ば投げやりな声援に勇気をもらって、獄寺は清々しい気持ちで6時限目をうけたのだった。 失敗はどんなに恥ずかしくても素直に謝るのが吉 '08/5/7 <<戻(にせきんか) |